2008年9月 4日 (木)

1年経過

骨髄提供から1年が経過する。
提供から1年間はドナー資格が保留となる。
そんなわけで近々ドナー登録可否の問い合わせがあるのだろう。
勿論、再び登録する。

骨髄提供ドナーは、日本の骨髄移植推進財団の規定により、2回までの提供に限定されている。
2回に限定されている理由はドナーの負担を軽減するためとのこと。
医学的根拠は無い。
各国様々な基準で運用されている様で、この基準はまちまち。
2回の提供をした人も300人を越えたようだ。
社会的負担が大きい骨髄提供には、「提供できる環境」と言う意味で困難が大きい。
2回提供出来た人は、環境が整った「まれな人」と言うことになる。
そんな貴重な人を排除する根拠のない基準なんて、何ともくだらないルールだなぁ。

ドナーとレシピエントの間には、提供後1年以内に2回迄の手紙の交換だけが許されている。
意外だったのだけれど、レシピエントからドナーへの手紙は1割程度だそうだ。
手紙をもらえたぼくは、幸せ者って事だ。
もし手紙がもらえなかったとしても、ドナー登録は抹消しなかったとは思うけれど・・。
手紙をもらえなかったら、提供体験は実感の少ないものであったし・・。
手紙をもらったぼくは、迷わず登録継続だけれど、もらわずに、物足りなさを感じた提供者の中には登録を抹消する人もいるかもしれない。
結果的にレシピエントの甘え(厳しい言い方、反感かいそう)が、貴重なドナーを減らしてしまったことになるのかもしれない。
そんな風に感じるほど、提供した瞬間に突然終わるトナー体験は何とも物足りない気がした。
人に物をもらったら、お礼を言うのは当然の事だと思うのだけれど・・・(簡単な事ではないし)。
もちろん、それどころじゃない状況もよく理解出来るけれど、だからといっておろそかにしてはいけない事もあるのじゃないかな。

などと言いつつ。

2回目の手紙の返事を出せずにいる。
手紙をもらったのはもう9ヶ月も前。
お返事を書かねば書かねばと思いつつ、無精をしてしまった。
いざ書こうと思うと、何とも不安な想像がよぎる。
今、元気でいてくれるのだろうか・・
ぼくが、のほほんとした手紙なんて書いて、気分を害したりしないだろうか・・
受け取るのは遺族かもしれない・・

まぁ~悩んでも仕方がないね!
どうせわからないのだし!

ぼくは伝えたい事を書こう。
少しだけ自分を誇れる気持ちがもてた事に、本当に感謝しています!

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2007年12月26日 (水)

2通目のうれしい手紙

本当にうれしい手紙が届きました。

ぼくが9月に骨髄を提供した患者さんからの手紙。

プライバシー保護の観点から、手紙を公開することはルールとして禁止されているので、ここに公開することはできません。

骨髄液は無事生着し、副作用も軽く、退院し、普通の生活に戻れたこと。
大きな不安から開放され、これからのことを考える余裕が生まれたこと。

何度も読み返して、うれしい気持ちが、いっぱいです。


さすがはぼくの骨髄!
宿主が変わっても、そんなことも気にせずのほほんと働いているのでしょう!


「いただいた命、大切にします」
という言葉を読んで、ぼくもなんだか一生懸命生きなきゃ!なんて思いました。

同じ明日が来ることは、いつも当たり前の様に感じている。
でも本当は一日一日を大切に生きなきゃいけないんだなぁ。

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2007年9月27日 (木)

骨髄ドナー体験記-40

骨髄ドナー体験記-40
「感想2」

献血は献血を終えた時点で、ぼくの血液もたらした効果について考えることは無い。提供した時点で完結する。もちろん何の物足りなさも感じない。
しかし、骨髄提供後に感じる物足りなさは何なのだろうかと考えた。

献血の相手は不特定多数の社会に対するものだと、ぼくはとらえている。つまり、献血はぼくの個人的行為だ。
しかし、適合者が見つかったとの通知をもらってから提供に至るまでの約5ヶ月間、ぼくは、ぼくの骨髄を必要としている患者さんを、特定の人としてとらえてきたようだ。

提供までの間、一つのドラマに立ち会って来たように感じていた。
「候補者が見つかったことを喜んでいるのだろう」「最終同意が済んでほっとしているかな?」「移植日程の決定」「そろそろ前処置に入ったのだろう」「安全や体調に注意しなきゃ」「そろそろ無菌室かな」「治療が軽くすめばいいけど・・・」なんて。
そしてその一方に自分がいたつもりだったのだけれど、提供が終わった瞬間に、「提供ありがとうございました。はい、あなたはもう関係ない人です。」
と。
ドラマは移植から完治へ進んで行くはずなのだけれど、提供したところで終了。起・承・転で打ち切られてしまったような物足りなさ。

本来なら献血と同じ個人的行為なのだが、患者さんを考えるあまりに、手術後の経過などを含めて応援したい気持ちが収まらない。
きっと、このとらえ方の違いが、骨髄提供を終えた時点で、すべてが終わってしまうことへの物足りなさを感じさせる要因なのだろう。
「ボランティアなのだから、提供したことで満足しなさい」って言う意見が多数なのでしょう。ぼくもそう理解している。
べつに患者さんから感謝の言葉を聞きたいわけではない。
「大変だったね~、頑張ったね~、骨髄提供が出来たことをうれしく思っているよ」ってことをつたえたい。出来ることなら完治する姿を見守りたい。

ドナーと患者さんの間には、1年以内に2度の手紙(ただし個人が特定される情報を含まない)のやり取りが認められている。
しかし、治療で苦しんでいる患者さんのことを考えると、状況も感情もまったくわからないままに、ぼくから手紙をだすのは気兼ねする。

患者さんはまだまだ長い闘病生活が待っている。
結末はハッピーエンドばかりじゃない・・・。
これ以上、ぼくに出来ることなんて、あるのだろうか?

なんてことを考えているうちに、だんだんと自分を反省した。
なんだかつまらないことを考えていたなぁと思うようになった。

「物足りない」だなんて、なんともお気楽な感想だ。

空を見上げて、健康を取り戻し、人生を楽しんでもらいたいと願った。
「きっと、ぼくの骨髄はあなたの味方になるよ!」


約半年間の体験記。
書きたいことが多くて、ずいぶんと長くなってしまいました。
コメントやメールを下さった方々、ありがとうございました。

ドナー登録を考えるきっかけとなったら、これほど嬉しいことはありません。
もし、あなたの職場など、身近に骨髄提供者が現れたら、是非協力し、応援してください。
骨髄提供は困難な事ではありませんが、肉体的・精神的負担もそれなりにあり、なにより社会的負担が大きな事だと感じました。みんなの協力が無ければなしえない事です。

長い間、ぼくの体験記にお付き合いして下さった皆様、本当にありがとうございました。

ひつじ

    さて、明日からはいつものお馬鹿なブログに戻ります。
    そんなわけでさようなら!

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骨髄ドナー体験記-39

骨髄ドナー体験記-39
「感想」

人の命を救う手助けをした。
他人の命に関わるなんて、なかなか無い事だ。
確かに大きな仕事に係わったのだろう。
しかし、実感は全くない。

予想していた事だし、持ちつ持たれつと考えるなら、ドナーという黒子にはふさわしい終わり方なのかもしれない。
同僚に負担をかけ、家族や友人に心配をかけ、多くの人の協力を得て実現出来た事。しかし、ぼくのした事と言ったら、会社をさぼって病院で退屈をしのいでいただけの様な気がする(実際そうなのだ)。
ぼく(の骨髄)が、知らない誰かにこれほど必要とされた事は無かったのだろう。だが、実感は無い。
別に、特別な事をしたわけでは無いのだが、命の大切さ、そう言ったものをもう少し感じられる様な気がしていたのだけれど、これといった感想も無い。

もう少しだけ感動がしたかったのだけれど、本当に淡々と終わってしまった。

患者さんの事を考える。
きっと今頃は酷い口内炎、嘔吐や下痢などの多くの合併症に苦しみ、戦っているのだろう。
40代、女性。子供もいるのかもしれない。
患者さんと、その家族は多くの苦難を乗り越えているのだろう。
病名を告知されたときの恐怖や絶望。様々な治療での挫折。ドナーが見つかった喜び。移植に挑む覚悟。
ぼくの骨髄液を見たときには、何を感じたのだろう。

そんなことを想像して、骨髄提供が出来て本当に良かったと思った。

移植した造血幹細胞が骨髄に生着し、造血機能を回復する迄は約3週間かかる。
移植後約1ヶ月間、患者さんの体内では、白血球、血小板、赤血球が全く作られなくなり、抗ガン剤、放射線の副作用のため、口内炎、嘔吐、下痢、皮膚の色素沈着等がおこる。

その後、GVHDやウイルス感染症等の合併症と闘い、移植後100日程度で免疫力を快復、退院される。

なるべく苦痛が少なく、順調に快復して貰いたい。
患者さんの快復を心より願っています。

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2007年9月26日 (水)

骨髄ドナー体験記-38

骨髄ドナー体験記-38
「手術後健康診断」
採取16日後 ○○医大病院(9:00~10:40)

9時に受付を済ませいつもの様に血液内科へ。
10分ほど待ってすぐに採血(毎度のパターン)。
通常の外来患者さんは、こちらの病院のシステムとして、血液内科の受付後、血液検査室へ行き受付、順番を待って採血、そして再び戻ってくる。
しかし、ドナーを優遇する考えが貫かれており、ドナーに限っては、血液内科の受付の裏で看護師さんが採血し、その血液を看護師さんが血液検査室まで持って行ってくれる。
検査結果が出るまで、待合室で読書。
10時20分頃診察室に呼ばる
・問診
採取の感想は?:意外なほどあっけなく簡単なものでした。
手術後の経過は?:何事も無く順調です。
・採取部確認
ベッドに寝て、ズボンをずらす。
穴もふさがっており、特に腫れも無く問題なし。
・チェックリストに基づく確認
痛みは無いか、仕事には復帰しているか、などなど。
・体重測定
・最後に、ドナー登録~提供までの間で、今後の骨髄バンク事業を有益にするための提案や、改善点。今回の提供に関する不満点などは無いか聞かれる。
とくに何も考えていなかったので少し戸惑う。
実際の骨髄提供方法(採取方法や全身麻酔など)の認知度がひくく、多くの人が、骨髄提供に必要以上のリスクを感じていると思う。PRが必要なのでは?と答えた。
ついでに、今まで同じ質問で印象に残った提案を聞いてみると、提供可能回数を現在の2回から3回以上に増やしてほしいとの内容があったとのこと(その方がカッコいい提案だなぁと思う)。
これで、通院も終了。

帰宅後、自己血採血以降の交通費の精算を一括して郵送にて行う。

翌日、コーディネーターさんより手術後健康診断の様子確認の電話。
すべて順調で問題なし。
コーディネートの感想などを聞かれる。
コーディネーターさんからは骨髄提供に関する感謝の意を、ぼくからはコーディネートに関する感謝の意を伝え合い、コーディネート終了となった。
(通常はすべてが問題なしとなるまで3~5週間以上、電話でのフォローアップが継続されるが、1週目の時点ですでに「問題なし」のぼくの場合は、名残惜しくも今日で終了)。
(骨髄採取後1年間は登録保留となり、ドナー登録者よりはずれる。一年を経過した段階で、再度意志の確認が取られる。勿論、再登録するつもりだ。)
(骨髄移植推進財団の規定では、2回までの提供を認めている)
(ちなみに、骨髄採取後の献血は6ヶ月間不可能と規定されている)

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骨髄ドナー体験記-37

骨髄ドナー体験記-37
「採取後の生活」

Dsc01721 退院後3日間は、傷口を自宅で殺菌する。
病院では看護師さんに一日2回殺菌して貰った。
うつぶせになってパンツをずらす。
シングルファーザーのぼく。半ケツ出して、子供に頼むのも気が引けたので、鏡の前にかがんで、自分で何とか処置した。
しかし、人の体はたいしたものだ。
皮膚の上の穴はほとんどふさがって、絆創膏に血がにじむ事もない。
骨には沢山の穴が空いているはずだが、自然にうまってしまう。
あれだけの太い針で何度も突き刺したのに、特に縫うわけでもなく、ただ仰向けに寝て圧迫しておくだけで血は止まり、治ってしまう・・・。

900ccの採取(採取は1回3~5cc)、一度に5ccずつの採取とすると180回の採取。
皮膚上の穴は左右各1カ所、つまり一つの穴で骨からは90回の採取を行った計算になる。こりゃぁ穴だらけだ・・・。
骨髄採取を行なう腸骨は厚さがおよそ3cm、深さ方向にも2回くらいは採取するそうだ。つまり骨の表面上の穴は片側45個。穴と穴の間隔は数ミリ、まぁなんにしろ穴だらけ。
メモ用紙を出して、φ1mmの○を2mm間隔に7列×7段書いてみた(左右の腸骨におおよそ2~3cm角のメッシュ状の穴があるのだなぁ)。
こちらの病院では、特に女性の提供者への配慮と言うことで皮膚上の穴は左右1箇所としている。骨に対し皮膚はそれなりにずらすことが出来るので、なんとかなるそうだ。
骨の穴はほっておけば1ヶ月もすると元通りだそうだ。

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2007年9月25日 (火)

骨髄ドナー体験記-36

骨髄ドナー体験記-36
「痛みと生活状況について」

ドナー登録者の皆さんがおそらく関心のある骨髄提供手術に関する痛みについて、まとめておく。
「採取部位」
採取当日は前屈みになるなど、突っ張ると気になる程度。一日中腰を伸ばして生活していた。
皮膚状の刺し傷は退院時にはほぼふさがってしまうし、特に痛みは感じられない。ただし、採取部付近を押すと、内部には打撲したときの痛みに似た感覚がある(15日間程度)。
「腰痛」
手術室から出て、最初に感じたのが腰痛。
もともとほとんどコリを感じない体質なのだが、長時間車を運転した様な腰痛が腰の中心に感じられる。
圧迫し止血擦るために採取当日は仰向けで安静にしているのであるが、元々仰向けが苦手な上に、腰の下に分厚いガーゼがあり、腰痛のつらさが続く(2日間程度)
「喉」
人工呼吸器の管によって傷づけられた喉は、風邪での喉の痛みと似た症状。
体験談などで予備知識を得ており、大量ののど飴持っていったので助かった。
違和感は3日間程度。
「排尿痛」
腎臓の機能を確認する為に尿道カテーテルを使用する場合が多い様だが、ぼくは使わなかった。良く言われる「カテーテルを抜くときの痛み」「排尿痛」は一切無し。
「その他」
手術用の点滴ラインは腕の表側より確保する。この針は通常より若干痛い。

採取当日は背筋を伸ばして一日すごす(前屈みに抵抗あり)。
病室外には出ず、基本的にベッドの上で仰向け安静(トイレや病室内の歩行は問題無し)。
採取翌日午前中はベッドの上に仰向けで安静にして過ごす。
午後はほとんど椅子に座っていた。
病院内の買い物等、暇つぶしに元気に歩き回る(歩けるが走るのには抵抗がある程度)。
採取後2日目(退院日)、重い荷物もさほど気にならない。雨の中、小走りに歩いていた。
歩行の不自由は無い。日常生活に問題なし。ただし、全力疾走やジョギングは不可。

採取後7日目、ウォーキングok
採取後14日後、ジョギングok

ぼくの場合はすこぶる順調だったようです。
色々な体験記を読むと、個人差はかなりあるようです。

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骨髄ドナー体験記-35

骨髄ドナー体験記-35
「入院4日目」
採取2日後 ○○医大病院(10時頃退院)

今日は退院。
病院は苦手、個室なのだけれど、パソコンも無いし、本とテレビで一日過ごすのは苦痛。
一刻も早く退院したいところなのだけれど・・・。

血圧・酸素・体温の測定。
体温は平熱に戻る。

のどの痛みはほぼなくなるが、採取部付近の状況は変わらない(押すと痛い程度)。

消毒を終えればすぐにでも退院できるのだけれど、なかなか消毒に来てくれない。
しばらくすると看護師長が来て、挨拶。まだ消毒が済んでいない旨を伝えると、他の医師が来て消毒。
看護師が来て3日分の消毒セットを受け取り、使用方法の説明を受ける。
その後、再診予約表を受け取り退院。

退院後、空っぽの冷蔵後を確認して、食料品の買い出しやらなにやらと、全く日常の生活を過ごした。
とくに、不自由は無く、ただ、長く歩くと、採取部付近が汗ばむのを感じる。
採取部付近は依然として熱を持っているようだ。

患者さんの負担費用:骨髄提供調整費用\66,000-、個室差額\63,000-、その他追加検査費用など

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2007年9月24日 (月)

骨髄ドナー体験記-34

骨髄ドナー体験記-34
「入院3日目」
採取1日後 ○○医大病院

5時に起きる。
洗髪・髭剃りなど洗面台で。
採取部は押すと痛い程度。
普通に歩けるが、歩くと少し汗ばむ。特に採取部付近(多少熱をもっているようだ)。
のどはまだ違和感がある。

早朝に採血。
やることが無くて暇。
わざわざベッドで寝ていなくても普通に生活できる程度に元気。
医師が来て殺菌とガーゼの交換。
(血が止まっていれば、大きめの絆創膏なのだけれど、まだにじむようなので小さめのガーゼをはる)

看護師が来て体温、血圧、酸素の測定。
体温はやはり微熱程度。
一日中椅子に座って読書ですごす。
今日は病室外に出ても良いので途中売店でお買い物。

内服(セルベックス・ロキソニン・ホスミシン)

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骨髄ドナー体験記-採取(写真)

骨髄ドナー体験記ー採取日当日(写真)
(時間はおおよそ)

5時 起きる(飲食禁止)
   トイレ(便が出ないと浣腸。残便があると全身麻酔時に漏れる可能性あり)
   シャワー
7時 看護師のチェック(血圧・酸素・体温、入れ歯・ピアス・コンタクトレンズ・指輪など)
8時 手術着に着替えるNec_0079
Nec_0075手首には入院時につけられたデータ、これは退院時まで外せない。

手術着、ヘアネット、T字帯(ふんどし)


8時30分 病棟の看護師に連れられ、車椅子で手術棟へ
8時35分 病棟から手術棟へ引継ぎ、車椅子からキャスター付きベッドへ移動
8時40分 長い廊下をベッドで移動、手術室へ入室(30畳くらいかな?)
8時45分 麻酔段取り(血圧・酸素・心電図電極(室内に鼓動にあわせた電子音が響く)・額とこめかみに電極・点滴ライン・採血など)
8時55分 麻酔医の簡単な問診
9時 点滴にて麻酔薬注入、2~3分で意識なし

(麻酔中はおそらく下記のような感じと推測(間違っているかもしれません))
口を開き、気道にパイプを挿入し、人工呼吸器につなぐ。
手術着、T字帯をはずされ丸裸に。
手術台へ移動、うつぶせに。
Dscf0005 おしりからコードが出ている。
(体温計か?)
首は右に向けられており、人工呼吸器の管が見える。
左腕より点滴、右腕には血圧計が見える。
Dscf0006
ヨード製剤かな?
広範囲を消毒。


Dscf0007Dscf0008
2名の医師が両側より採取。

器具の消毒と点検かな?
(針は二重管構造になっているように見える)

Dscf0011ハンドルの付いた採取針と採取用シリンジ。
この針を腸骨に突き刺し、針の上部にシリンジをセット、一回に3~6ccの骨髄血を採取する。
最初の3~6ccには造血幹細胞が多く含まれるが、一度にそれ以上採取しても、ほとんどが赤血球となってしまうために、3~6ccの採取を数十回繰り返す。
(この様にして採取した骨髄血でも、ほぼ90%は赤血球だそうだ)Dscf0013_2
Dscf0014 Dscf0015 Dscf0016
採取された骨髄液は手早く計量パックに移される。
900cc採取のぼくの場合は、1回5ccずつ採取したとして180回の採取となる。
皮膚表面上に開けられた穴は左右2箇所。
皮膚表面の穴一つより90回以上の採取が行なわれた計算になる。
腸骨の厚さはおおよそ30mm。深さ方向にも2回ほど採取できるとのこと。つまり骨の表面には片側45箇所以上の穴が開いている(両方で90箇所)。
穴の間隔は数mm。腸骨の表面にはφ20~30mm位の面積にφ1mm程度の穴がシャワーの蛇口の様に開いているのだと思う。

Dscf0018 Dscf0019 Dscf0020







目標量の採取が終わると、輸送~輸血用のパックに移し変えられる。


Dscf0021


命の贈り物です。



一方、採取を終えたぼくは、患部を消毒後、分厚いガーゼを何重にも当てられ、全体を覆うようにテープ止め。
(採取部には痛み止めの処置でも施されたのだろうか?あるいは点滴で処置されたのだろうか?麻酔が覚めても強い痛みは感じない)
数人がかりで、今度は病室用のベッドに移動。
麻酔の後処理があったものと思われる(点滴を止め、自発呼吸の確認とか・・)
人工呼吸器をはじめとして、諸々の機器がはずされる。
手術着、T字帯(尿取りパッドが挟まれる)が着せられる。
(ぼくのケースでは尿道カテーテルは使用しませんでした)
(麻酔中のことはあくまでもぼくの想像です)

口の周りがうっとうしい・・・酸素マスクが当てられている・・・。
「○○さん、わかりますか?、深呼吸してください」
(ここら辺の記憶はかなりあいまい、こんな感じで目覚めた様な気がする)
(目覚め自体はボーっとしている感じは無く、かなりはっきりしていたと思うのだが、記憶はあいまい)
麻酔医により、覚醒が確認され、手術室を出る(11時過ぎ頃だったと思われる)

11時30分 病室に戻り、血圧・体温・酸素の確認、抗生物質の点滴
12時 お腹はすいているのだけれど、食事は無し

翌日の朝まで仰向けで寝て、採取部を圧迫して止血する。
手術当日は病室より出歩かない(病室内のトイレ等、歩行は自由)。

16時 患部の消毒、ガーゼの交換(かなり血がにじんでいる)
18時 通常夕食
19時 抗生物質の点滴

手術当日はこんな感じ。

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骨髄ドナー体験記-33

骨髄ドナー体験記-33
「入院2日目」
141日後(採取日) ○○医大病院

5時に起きる。
のどが渇いているが、飲食は禁止。
トイレへ行き頑張る(何とか出る、浣腸は免れる)。
シャワーを浴びる。
7時頃、看護師が来てチェック(指輪・ネックレス・入れ歯・ピアス・コンタクトレンズなどの有無、血圧・酸素・体温)。
8時までに手術着・T字帯・ヘアネットに着替える。
(ふんどしは笑える。手術着の下はみんなふんどし)
8時半、病室から手術室へ車椅子で移動。
デジタルカメラを持った医師に挨拶されたので、写真のコピーをもらえるように依頼してみる。
手術室前は渋滞中。
少し待って小さなベッドに移動(病棟の看護師より手術室の看護師に受け渡し、氏名・誕生日の確認)。
ベッドに寝かされたまま手術室へ移動(テレビドラマのセットみたい、かなりの人数がうろうろしている)。
入り口には見学の学生と思われる7~8人の人。
麻酔医師に聞いてみると「大丈夫、手出しはさせませんから」って(笑)
腕から点滴用のラインをとり、同時に採血。
胸には心電図用のシールを貼られ電極をつなぐ、自分の鼓動にあわせ、室内に電子音が響く。
額とこめかみの辺りにもなにやら端子のようなものをぎゅっと押し付けられ、テープで止める。
麻酔医師が(コとS字の様な)点の書かれた紙を持ってきて、線でつなぐように指示される。
9時頃、点滴にて麻酔薬が注入される。
「腕がビリビリするかも知れませんが、麻酔薬の影響ですよ~、眠くなってきましたか?」
腕のピリピリはあまり感じなかったのだが、目の動きが悪くなってきたような感覚があったので、それを伝える(その後の記憶無し)

丸裸にされて手術台へ、うつぶせ、人工呼吸器へつながれ・・・などという感じかな??

病室で使用されているベッド(キャスター付き)に寝かされた状態で目覚める。
麻酔医師が術前に書いた紙と同じものを持ってきて、再度点をつなぎ記入する。
麻酔から覚めたことを確認し、ベッドに寝たまま病室へ移動。
(自分ではかなりはっきりしている様な気がしているのだが、後で思い返すと、記憶が断片的であいまい。ちょうど酔った様な感じ)

11時半頃、病室に戻り血圧と体温の確認(微熱程度)。
抗生物質の点滴。
12時頃コーディネーターさんが来られアンケート
「採取部の痛みはあるか」
痛みは感じない、むしろ背中に長時間車を運転したような疲れを感じる。
「のどの痛みはあるか」
強い痛みは無いが、違和感がある。痰が絡むような感じ。
「尿道カテーテルの痛みは」
尿道カテーテルは使用していない。
「その他の痛みとか、何か感じることはあるか」
特に無い。

痛みの表現には個人差があるのだろう。
痛いと言っても間違いは無い。
前かがみになると違和感がある。歩くことはできるが、走ることはできない。
と言った程度だ。

コーディネーターさんが「そろそろ患者さんのところに届いたのでは?」といわれる(え!そんなに近くにいるの?)。
今まで聞いていなかったのだが、患者さんは40代の女性だそうだ、子供もいるのだろうか?早く良くなってもらいたい。
コーディネーターさん帰る。
(後で気が付いたのだけれど、このときがコーディネーターさんに直接お会いする最後の時だった。ちゃんとお礼を言えなかったのが悔やまれる。)

今日は一日仰向けで寝ていなければならない。
採取部を圧迫して止血するためだ。
しかし、背中にこったような痛みがあり、おしりには分厚いガーゼが貼ってあるので、仰向けが辛い。

手術着が気持ち悪いので着替える。
T字帯には尿取りパッドの様なものが挟んであり、T字帯と一緒に丸めて捨てる。

昼食は抜き、用意していたのど飴をなめ、水分を取り、おなかがすいたのでお菓子少々(病室外に出られないので前日購入)。

仰向けで時間つぶし(かなり退屈)
病棟の医師により一度ガーゼをはずし消毒、再び厚いガーゼを貼る。

夕食後、抗生物質の点滴。内服はセルベックス・ロキソニン。
血圧・酸素・体温の測定、若干発熱(微熱程度)がみられる。

患者さんへの移植自体は輸血とほとんど同じで、採取した造血幹細胞を含んだ骨髄血は、患者さんの血管から点滴注射する。
輸血された造血幹細胞は患者さんの骨髄に自らたどり着き、そこで働きはじめる。

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2007年9月23日 (日)

骨髄ドナー体験記-32

骨髄ドナー体験記-32
「入院初日」
140日後(採取まであと1日) ○○医大病院 (採取病院10:00~)

前日、コーディネーターさんより確認の電話が入る。待ち合わせはいつもどおり入り口で10時。体調の確認やら準備の状況などなど。

入院受付に声をかけると、直接病棟へとのこと。
病棟の説明を受け、身長・体重の測定(ここでコーディネーターさん帰る)。
病室に移り血圧・酸素濃度の測定、採血。
少し待った後、心電図・胸部腹部X線撮影を撮りに行き、再び病室に戻ると尿検査。
昼食を取ると本日の行程はほぼ終了。
血液検査の結果を持って担当医師が挨拶と明日の手術行程の説明。
(胸の音を聞き、おなかの張りなどと確認)
看護師長より挨拶があり、入院診療計画書にサイン。
担当看護師が来て腰からおしりにかけて除毛フォームを塗り除毛。
手術室担当看護師が挨拶に来る。
担当麻酔医師が挨拶に来る。
担当医より写真撮影の依頼を受け、快諾する(授業等に使用)。
売店にT字帯と飲み物(明日は出歩けない)を買いに行く。
(T字帯費用350円は、5,000円の入院準備金より支払う)
6時に夕食。
9時消灯。

まとめて書くと忙しそうに見えるが、かなり暇な一日。
いよいよ明日手術だ・・。
夜9時以降の飲食はできないのだが、9時までは制限が無い。
翌日の朝、お通じがあるように、夕食後も軽くおやつなど食べる。
当日の朝、便が出ない場合は浣腸をしなければならない。
テレビを見ながら暇をつぶし、寝る前に下剤を飲んで就寝。

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骨髄ドナー体験記-31

骨髄ドナー体験記-31
「CTスキャン結果」
136日後(採取まであと5日) ○○医大病院 (採取病院8:50~9:45)

健康診断のX線写真に影が見つかり、急遽CTスキャンの撮影となった。
消化器内科医の問題無いとの判断で、骨髄提供に向け進めているのだが、今日は専門の放射線科の判断結果を聞きに来院。
結局は「異常は認められませんでした」の一言を聞くために午前中を費やす。

夕方、病院より電話
入院についての打ち合わせ。
「病棟は新館8Fの個室です」とのこと。
パンフレットでは新館個室の場合は個室差額が1.5万円強の個人負担となる。
当然ドナーのぼくには請求されないのだが、この負担はぼくの骨髄提供を受ける患者さん個人に請求される。
順調で4日間、6.3万円もの(1.575×4=6.3)追加負担となるわけだ。
別段、ぼくが個室を希望したわけではないのだが、快適にすごせるのは嬉しい。
患者さんには申し訳ないけれど、感謝して、快適な入院生活を体験させていただきます!

そろそろ患者さんは無菌室に入って、免疫抑制剤・抗ガン剤の投与や大量の放射線照射など、厳しい治療を受けている頃だろうか?
苦痛なく。順調なら良いのだけれど。

入院前日にマラソン大会に参加したドナーが、血液検査の数値が規定にあわず、採取日が延期されたなんて事があったようだ。
健康・安全に注意するだけでなく、暴飲暴食や過度なスポーツ、もしくはダイエットなども行わない様にしなければならない。

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2007年9月22日 (土)

骨髄ドナー体験記-30

骨髄ドナー体験記-30
「自己血採血・2回目」
130日後(採取まであと11日) ○○医大病院 (採取病院9:45~11:45)

今回もコーディネーターさんの付き添いは無し。
しかし、こちらの病院は骨髄提供ドナーに優しい、コーディネーターさんが付き添わない代わりに、看護師さんが案内してくださる。

受付を済ませると間もなく採血に呼ばれる。
2回目の自己血採血前に、血液の状態を確認するためだ。
少量の血液採取を行い、結果が出るまで1時間程度待つ。
担当医師に呼ばれ、問診、「健康状態に問題は無いか」「鉄剤による影響はないか(鉄剤により腹痛やむかつきが起こる場合がある)」。
そうそう、この鉄剤、便が黒くなる。
あらかじめ聞いていたので「へぇ~」って感じだったが、知らなかったらちょっと驚いたところだ(黒いって言っても、炭のように真っ黒ではないですよ)。
献血では基準値を外れたことが無かったのだけれど、毎日鉄剤を飲んでいても、400cc採血後1週間では完全ではなく、Alb・WBCが若干下限を切るが、異常値ではなく、問題なしとの判断。入院日程を確認して、2回目の自己血採血へ。

輸血部へ移動、まず血圧をはかり、採血バックに記名。
担当のおばちゃんにまた「良い血管ねぇ」と言われる。先週も別の方に言われたし、先ほど検査用の採血時にも言われた。どうやら良い血管のようだ。
良い血管について聞いてみると(柔軟・太い・真直ぐ)とのこと。
「生食輸血なし、200cc採血」と呼称確認して採血実施。
採血なら献血で慣れているのだけれど、採血後はきっちり15分ベッドで寝かされていたり、採血の前後で血圧を取ったりと、何かときっちりしている。
この自己血は冷蔵保存され、骨髄採取時に返血される(冷蔵保存期間は最大で35日だそうだ)。
本日は2時間、血液検査の結果待ちが大半。

夕方、コーディネーターさんから電話(17:43 自宅)
「体調は万全か」「自己血採血は順調だったか」
入院時の待ち合わせ時間を決める。
さて、あと11日間。
そろそろ患者さんは前処理に入る頃だろうか。
頑張っているのだろうなぁ。

今日からは本当に自分の健康と安全に留意しなければならない。
万が一事故にでもあい、骨髄提供が出来なくなってしまうと、患者さんの命に関わる事態となってしまう。
しばらくは2人分の命と思って生活しよう。

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骨髄ドナー体験記-29

骨髄ドナー体験記-29
「自己血採血・1回目」
123日後(採取まであと18日) ○○医大病院 (採取病院8:45~16:00)

自己血採血はコーディネーターさんの付き添いは無く、一人で済ませる。
自己血採血とは、骨髄採取によって失う血液を、あらかじめ採取しておいた自分の血液を返血することにより補うための準備。輸血用の血液を自己血とすることにより、輸血に伴う様々な後遺症合併症の危険性を回避するもの。
今日の予定
・止血時間の再検査
・自己血採血400ml
・麻酔医面談
で、午前中で終了する予定だったのだが、予想もしなかった状況でなんとも疲れる一日になった。
受付を済ませ、血液内科の受付へ、今日受診する麻酔科の受診手続きに記載した後1時間待たされる。
先週は何事もスムーズだったのに、幸先悪い(この間、財団と医師との問い合わせ等があったのかもしれません)。
診察室に入ると、担当医より、先週の健康診断にて2点程所見があったとのこと。
一つ目は胸部X線写真に肺炎の痕が見られるとのこと。身に覚えがないのだが、こちらはもう随分前に完治していることなので、問題はない。
もう一つは腹部X線写真で右側の背中の筋肉の写りが悪いとのこと。
腫瘍等があった場合、その後ろの筋肉の写りが悪くなるそうだ。
自覚症状なんてまったくないし、血液検査の結果も問題ない。可能性は低いのだが、きちんと確認してから進めるとの判断になった。
というわけで予定外の検診へ。受付にて消化器内科の受診手続きを行い、消化器内科へ行き、問診票に記載後1時間程度待たされる。
消化器内科の医師によると、X線ではあまり得られる情報が少なく、なんとも言えないので、CTを撮ってきてくださいとのこと。
至急との予約でCTスキャンを撮ることになり再び移動。
胸から腰までの断層写真を撮って再び消化器内科へ戻り受診(どこへ行っても待たされてばかりの一日)。
消化器内科の医師の判断では、おそらく問題無いが、最終的な判断は、放射線科の医師の所見を得て、再来週となるとのこと。
再来週の判断では、骨髄提供には全く間に合わないとの話をすると、骨髄提供については問題なしとの判断。血液内科へ戻る。
大幅に予定が遅れたのだが、やっと本来のメニューに復帰。
血液内科より血液検査室へ移動し、止血時間を測定(前回は右耳でNGだったので今回は左耳(なんとなくね))、2分30秒で合格。
急ぎ血液内科へ戻り、待っていると今度は麻酔医師の面談とのことで、麻酔科へ。
事前に渡されていた麻酔科の問診票を渡し麻酔医師との面談。問診票内容と同様の確認を受け、胸の音を聞き終了。
骨髄採取は、点滴による全身麻酔にて実施される。呼吸は人工呼吸器によるものとなる(前歯がさし歯でないか、ぐらつく歯は無いかなどの確認を受ける)。
(点滴により麻酔薬を投入すると5分程度で眠り、薬を止めると5分程度で覚めるそうだ。世の中進んでいる)
麻酔薬へのアレルギーについては、事前に特別な検査はしないが、当日に確認しながら点滴するとのこと、こちらの病院では年間約8000件の処置で、2年に一度ほど、アレルギーを示すことがあるそうだ(1/16000の確率)。
麻酔医師の面談後、血液内科へ戻る。すでに1時。
(午後から出社の予定だったので、病院の公衆電話から連絡を取る。午後の打ち合わせや来客の予定をキャンセル)
自己血採血(400ml)の為、食事が必要との事となり急いで食事へ。
(たかだか400mlなんて献血で慣れっ子なのに、なんとも面倒くさい)
1時半に戻るが、輸血科が忙しいとのことで2時半まで待たされる。
輸血科へ行き、「自己血輸血同意書」を提出し、採血パックに自筆サイン、両腕の血管を見せるとお褒めの言葉「まぁなんて良い血管!」病院の輸血科なんて、お年寄りやら不健康な人の血管ばかり見ているのだろうから、健康な血管の方が稀なのかもしれない。そんなわけでおばちゃん曰く「記録的な速さだわ」といった具合に採血を終了し、血液内科へ戻る。
「データ・検体保存事業への協力の意思確認書」「手術麻酔特殊検査治療内容説明承諾書」を提出し、検体保存のための採血(20ml)を実施。
今日は鉄剤(フェロミア)が処方された(1日1錠21日分)。

今日は予定外の検査が、CTスキャン等費用もそれなりにかかったのだろう。
望んだことでは無いのだけれど、無償で詳細な診断が受けられる。骨髄提供のご褒美として受け取ってしまってよいものなのだろうか?
今日の検査費用の負担が気になる。財団のホームページの患者費用負担を調べても書かれていない。
今度コーディネーターさんに会ったら聞いてみよう。
(CTスキャン費用は、ぼくの骨髄を移植する患者さんに請求されるそうです)

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2007年9月21日 (金)

骨髄ドナー体験記-28

骨髄ドナー体験記-28
「採取前健康診断」
116日後(採取まであと25日) ○○医大病院 (採取病院9:50~12:40)

前日、いつものようにコーディネーターさんから確認の電話が入る
明日の採取前健康診断の都合を再確認される。
都合はよいか、体調にかわりは無いか。
持ち物(不要と思われるが、健康保険証と印鑑)

コーディネーターさんとは10時に待ち合わせ。
入り口で待ち合わせ、すぐ診察券を作りに受付へ、何もかもコーディネーターさんがやってくれるので楽チン。
盆休み直前の病院は混雑。なんだか時間がかかりそう。
受付でもらった書類を持って血液内科へ。採取担当医師の方と初対面。
骨髄採取までの日程の説明を受ける。
今日の診断の主目的は、手術を受けることに問題がないかどうかを確認する為と、患者さんが必要とする骨髄量が採取できるかどうかを確認するもの。
まずは血液検査へ今回も6~7本確認検査と同じ様に血算とか肝機能、感染症等の検査が再び行なわれる。
血液検査の中で、今回初めて実施する出血時間検査。耳たぶに傷をつけ、30秒毎にろ紙をあて、止血時間を調べるもの。
その後尿検査、心電図、胸部腹部レントゲン、肺活量(耳元で「吸って吸って吸って吸って吸ってもっともっともっと・・・・」なんてハイテンションでいわれると、思わずおかしくて噴出してしまう・・・)
混雑の病院内、どこの検査も混んでいるのだけれど、比較的優先的に検査してくださる。
血液内科から渡されたファイルを持って、それぞれの検査室へ向かうのであるが、そのファイルには「この方は骨髄ドナーです。優先して検査を宜しくお願いします」という内容が書かれた紙が挟まれている。
そんなわけで検査もスムーズ(この病院の特別の計らいだそうです)。
しかし、やはり盆直前ということで、血液検査結果が出てくるのに時間がかかり待たされる。
検査が出揃うと、再び血液内科に呼ばれ、担当医から結果の報告と、様々な説明がある。
まず、検査結果なのだが、残念なことに一つだけ再検査が・・・。
止血時間の規定は3分以内なのだが、こちらだけ3分30秒となってしまった。
(来週に期待)
患者さんの提供希望量は900ml、ぼくの体重では十分採取可能とのこと。
900ml採取するために必要な自己血採取量は600ml(来週400ml、再来週200ml)
諸々の承諾書類の説明があり、来週の自己採血時に提出とのこと。
「自己血輸血に関する説明書」「自己血輸血同意書」「手術をうけられる患者さまへ」「手術麻酔特殊検査治療内容説明承諾書」「麻酔に関する問診表」「麻酔に伴う危険性について内容説明同意書」「検体保存事業への協力のお願い」「データ・検体保存事業への協力の意思確認書」

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骨髄ドナー体験記-27

骨髄ドナー体験記-27
「術前健康診断日程の連絡」
76日後 会社 (携帯電話15:03)

ぼくの骨髄採取を行う病院では、健康診断は採取4週前の金曜日と決められている。
4週間の金曜日 健康診断
3週前の金曜日 自己採血・麻酔医面談
2週前の金曜日 自己採血
採取週、火曜日:入院 水曜日:採取 金曜日:退院(三泊四日)
(土日自宅休養で月曜から出社かな?)
そんなわけで採取4週前の金曜日に日程が取られる今日から39日後だ。
コーディネーターさんからも、まだ先なので、健康状態に注意して、何か変化があった場合には早急に連絡するように指示される。

携帯電話にコーディネーターさんからの着信を見るとドキッとする。
患者さんに何かあって、コーディネート終了になってしまったのでは無いだろうか?
なんて、なんだか悪い方向を考えてしまう。
あと1ヶ月ちょっと。平穏に過ごしていて欲しいと願う。
「どうか、待っていて下さい。」

人の命がかかっていることだから、何事にも優先させなければならない。などと言って押しつける意見も、インターネットには沢山見かける。
人命が優先されるなんて、当たり前の事実だけれど、そんなこと大きな声で叫んだところで、何も変わらないとぼくは思う。
みんなで支えるシステムについて、もっと考えなければいけないと思う。

提供する事を押しつけるのではなく、提供したい人が増えること、提供したい人が提供出来る環境が整うこと、それが重要だとぼくは考えている。

ぼくは災害ボランティアなんて参加したこと無い。
大震災や大津波で困っている人をテレビでみても、せいぜい募金をするくらいで、仕事の責任など、自分の都合を優先する。
世界に沢山の飢えている人がいるのに、後悔するくらい食べ過ぎ、自分の肥満を気にしている。
少しの寄付金がワクチンに変わり、誰かの命を救うことを知っていても、くだらない趣味にお金を費やしている。

骨髄提供だけが、人命に関わる特別なボランティアじゃない。
みんなが、出来ることをする。
それでいいと思う。

会社の規模や、自営業、アルバイト等、それぞれの環境によって、仕事を休めなかったり、収入が減ってしまったり、骨髄提供したくても出来ない人たちは多いのだろう。
ボランティアとして頼るだけでなく、それぞれの環境を考慮し、提供したい人が提供出来る仕組みが出来ると良いのだけれど。

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2007年9月20日 (木)

骨髄ドナー体験記-26

骨髄ドナー体験記-26
「骨髄採取前にお願いしたいこと」
70日後 自宅 (郵送)
「骨髄採取前にお願いしたいこと」「骨髄採取施設並びに採取予定日のご案内」「交通費請求書」

2冊目の小冊子「骨髄採取前にお願いしたいこと」が届く、過度なダイエットや過度なスポーツをさけ健康に留意して過ごすように。
とくに目新しい情報は無い。
これまでの交通費は都度精算していたが、今後の交通費は術後健康診断後に準備金\5,000-と同時に一括して振り込み請求を行う。

「ACの広告」
ぼくが最初に骨髄バンクを知ったのはおそらくACの広告や、当時のニュースだったと思う。
小さい女の子が出てきて「私に命をくれた人がいます」と言うCM
結婚したての当時、ぼくの登録の意志は配偶者に否定され、説得するのも面倒くさく、結局は登録しなかった。
離婚後、CMに親子が出てきて、小さな女の子がドナーを探しているとのこと(女の子はその後のCMで元気になった姿が放送されている)。
今度はすぐに登録した。

ACの広告が、ドナー登録のきっかけとなった人は多いと思う。
手紙を題材としたCMは、感動した。
しかし、もう少し悲惨な現実を突きつける様な広告があっても良いのかもしれないと考える。
夏目雅子、アンディー・フグ、本田美奈子など、亡くなられた芸能人も出ているのだけれど、芸能人ではどうもぼくには実感がわかない。
残酷な事かもしれないけれど、提供が受けられずに亡くなってしまった子供達がCMに映し出され、「血液疾患は誰しもが偶発的にかかる可能性のある疾患です。あなたやあなたの家族に、ドナーが見つかると思いますか?」と問いかければ、衝撃は大きいと思う。

美談で誘うのではなく、患者さんやその家族としての意識を想像させることも必要だと、ぼくは思う。

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骨髄ドナー体験記-25

骨髄ドナー体験記-25
「採取日決定!」
66日後 自宅 (携帯電話へ18:38)

採取日程は75日後(起算日(コーディネート開始)から141日)
採取日の4週前の金曜日より、健康診断、自己採血等が金曜日毎に実施される。
次回の日程は49日後の健康診断

迅速コースなのにかなり長い日程だ。
(患者さんの希望より40日余り長くなる)
盆を夾んだりで、なかなか採取病院の日程が合わなかったようだ。

ドナーの意識
年内(2007年)に、ドナー登録者数はおそらく目標の30万人に到達するのだろう。
しかし、残念ながら希望する患者さんの9割が、提供を得られる状態にはほど遠い。
登録者数の確保だけでなく、コーディネート中止を抑制する事も重要なのだろう。
ある患者さんのある掲示板への書き込みに、「全ての健康な人は、献血やドナー登録をするのが、人として当然の責務だ」なんて内容のものがあった。
同意する部分もあるのだが、反発する気持ちが大きい(ぼくがちっちゃな人間なだけかもしれないけれど)。
骨髄提供は倫理的にも提供者の自発的意志で無くてはならないと考える。
(ボランティア=(志願者の意)自主的に無償の奉仕活動をすること。)
奉仕はしてもしなくても良い事?、それとも奉仕はしなければならない事?
自主的活動だから、基本は活動者の意識にゆだねられることになる。
意識の低いぼくは、なかなか「奉仕は自発的にしなければならない事だ」と自然に考えられない。
意識に頼らざるを得ない訳だから、根っこは教育なのだろう。
自分一人では生きて行けない事をきちんと理解して、助け合わなければならない事を知り、意識を高めることが必要なのだろう。
なにか意識を変える現実的な提言が無い物だろうか?
現実を実感させる残酷な事実を知ること。
奉仕とは、一方的な行為ではなく、相互的なものであること。
(「情けは人のためならず」ってやつだね!)
「明日助けてくれる人がいるのだから、今日はぼくが助けよう」
こんな意識をもてるような教育や活動が必要なのだろう。

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2007年9月19日 (水)

骨髄ドナー体験記-24

骨髄ドナー体験記-24
「最終同意面談」
64日後 ○○医大病院 10:00~11:20

自宅から病院までは、車で35分。かなり恵まれた位置だ。
父と二人で病院に向かう。
待ち合わせの10分前に到着すると、すでに弁護士さんとコーディネーターさんが待っている。
調整医師の先生を呼びに行って、前回(確認面談)と同じ会議室へ。
対面側に窓側より調整医師、コーディネーター、弁護士。こちら側に父とぼくの5名が一つずつ席を空けて着席する。
挨拶。
弁護士さんから、各出席者の署名を求められる。
その後、確認面談と同じようにコーディネーターさんと調整医師の先生から、「骨髄提供者となられる方へのご説明書」を読み上げる形で説明を受ける。
弁護士さんが同席するのは、骨髄提供について正確に説明がなされたか、骨髄提供が自発的意思によって同意されたものであるかを確認する為で、患者さん、ドナー及び財団の利益を保つためと考えられる。
弁護士さんは専用のチェックリストを用い、説明内容にもれが無いか、ドナーと家族代表がそれぞれ自発的意思で同意したものかを確認する。
コーディネーターさんは、説明の都度、質問は無いか、理解したかを確認する。弁護士さんはそのたびにチェックする。
そのような形で説明は終了(所要時間1時間)。
その後、弁護士さんより質問が。
「提供の動機は何ですか」
「登録のきっかけは何ですか」
「家族の方、同意の理由は何ですか」
少し唐突で急な質問に感じたので、戸惑う。
自発的意思の確認の為の質問なのだろうか。
「提供の理由は「明日はわが身」と思うからです」(本当は「持ちつ持たれつ」と言いたかったのだけれど・・・)
「登録はACのCMを見て」
父は「本当は反対なのだが、当人の熱意にほだされて承諾した」と言っていた。
交通費の清算。
ドナーの遺伝子に疾患になりうる可能性が発見された場合の処置についての意向の確認。
そして解散(11:20)。
予定では12時までとなっていたので、スムーズな方なのかもしれない。

今回は迅速コース(ピンポイントコーディネート)なので、本来は提供日、自己採血日程などが明確になっている様なのだが、今回は採取病院の日程調整に手間取っており、まだ確定していない。
提供は1ヶ月半後から、2ヶ月半後となるようだ(早く済ませたい・・・)。

本日の確認検査の為の費用は患者さんに請求される。
(最終同意等調整料\58,000-)

最終同意では最終的な意志の確認が行われる。
この日迄、提供の決定権はドナーにあるが、最終同意後は後戻りは出来ない。
最終同意が得られると、患者さんは移植を前提とした前処置が開始される。
患者さん自身の骨髄が残っていると、免疫反応により、移植されたドナーの幹細胞を排除してしまう。その為、移植に先立って強力な免疫抑制剤・抗ガン剤の投与や大量の放射線照射を行う。
この段階で骨髄提供が得られなくなると患者さんは亡くなってしまう。
このため、最終同意後に、提供の意志の撤回は出来ない。
また、ドナーは健康管理や怪我に充分注意しなければならない。

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骨髄ドナー体験記-23

骨髄ドナー体験記-23
「最終同意面談の都合の再確認」
63日後 携帯電話 会社(18:14)

明日の最終同意面談について、不都合は無いかの問い合せ。
待ち合わせ場所・時間・持ち物(最初に送られてきた説明書とはんこ2種類)の確認。

「ドナーには知らされない」
ドナーに知らされる患者についての情報は少ない。
ドナーコーディネーターさんにも、患者さんの情報や、他のドナーの進行状況は知らされていない。
コーディネーターさんが、患者さんに感情移入し、ドナーを誘導してしまう事を防止する為の様だ。
また、ドナー候補者も、「他の候補者がいるなら~」なんて、判断の妨げになる事をさけたり、「候補者がぼく一人だから~」なんてプレッシャーをさける目的もあるのだろう。
患者さんに関する情報は性別・年代・地域のみが、最終同意後に希望に応じて知らされる事になる。

患者さんへの興味が無いと言ったら嘘だ。
しかし、「会いたいか、知りたいか」と聞かれたら、会わずに知らない方が良いのかもしれないとも考える。
大変申し訳ないのだけれど、ぼくが受け止めるには現実が厳しすぎるような気がする。

ぼくがずっとハッピーエンドだけを想像出来れば良いのだけれど。

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2007年9月18日 (火)

骨髄ドナー体験記-22

骨髄ドナー体験記-22
「最終同意面談日のご案内」
60日後 郵送 自宅

先日電話にて知らされていた最終同意の日程が明記された書類が届く。
面談日にはぼくの印鑑と父の印鑑(別のもの)が必要になる。
面談は4日後

父(71歳)は、ぼくの文書を読んで、快諾する気になった。
最近理解力が落ちてきた父、内容を口頭で説明されても、なかなか理解するのは難しかったと思う。
文書でゆっくり読んでもらう作戦は成功だった様だ。

知らない人からメールを貰った、メールは難しい。
何でこんなに不快なのだろうと色々考えて、やっと結論が出た。
人に言われて何かするくらいなら、自分から進んでやりたい。
ましてや、自分からしたことを後付けであたかも人に言われてやったような言われ方をされたら腹が立つ。そういうことだ。

インターネットの書き込みから、突然知らない人からのメールを貰った。
―――――――――――――――――――
~体調を崩されないよう、どうか、宜しくお願いします。~本当にありがとうございます。
―――――――――――――――――――
全く関係ない人に「宜しくお願いします」などと言われても、そりゃぁ大きな御世話だ。ましてや「ありがとうございます」などと言われる筋合いは無い。
自分でもよく分からない不快感。
こんな風に感じる人もいることを知って貰おうと、丁寧に素直に、違和感と不快感を感じた件(上記感想)と理由をを伝えた。
―――――――――――――――――――
~別段私はあなたに共感したわけでも、あなたの影響を受けたわけでも、あなたの要請に応じたわけでもございません。
色々な人がいます。ぼくの様に感じる人も少しはいると思います~
―――――――――――――――――――
しばらくして再び返信が
―――――――――――――――――――
ボランティアの諸先輩方から「ドナーになられた方に、患者さんが直接対面出来ないので、私たちが患者さんの替わりに「ありがとう」と言ってあげるのです。患者さんを代弁出来るとは思っていないが、患者さんの立場に立って、伝えてあげてください。」と教えられた。
また、患者さんからも「私に替わって「ありがとう」と伝えて下さい」と頼まれた。
私一個人としての気持ちではございませんでしたが、不快な思いをさせてしまいまして申し訳ありませんでした。
―――――――――――――――――――

更に不快感(上からの視線を感じる)。
患者さん、お医者さん、看護師さんやコーディネーターさんなど、明らかに直接携わっている人たちから言われるのであれば、素直に聞ける。
しかし、全く知らない人から突然「患者さんの気持ちを代弁した」と言われても、これっぽっちも伝わるはずがない。
どうもこのタイプは苦手だ。
ぼくが望むことは、ぼくのように感じる人がいることを知って、今後は少し想像力を働かせて貰いたいということ。
わかってもらえない。

きっと、一生懸命ボランティア活動をされている方で、会えば良い人なのかもしれないけれど、メールは難しい。

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骨髄ドナー体験記-21

骨髄ドナー体験記-21
「人事部の結論」
58日後 会社 人事部より社内メール(抜粋)

人事部へ出した「ボランティア休暇制度」への提案に対する解答が来た。

―――――――――――――――――――――
「会社の現状での見解は以下の通りです。」

「上司や同僚の協力ナシでは運用出来ないこともあり、少人数グループでもあるため、当面は制度としては取り扱わない」
「個人的な件に関しては当面考慮は出来ないが、一般的に制度として認められるもの(例えば今後陪審員制度とか)に関しては考慮していく。その際は昇給賞与考課に差はつけないこととする。」

と言うものでした。
ボランティアというと広範囲なため、災害支援や障害者支援、募金活動などまでにも広がってしまいます。
これだけを認めると言うわけにはいかないのでご了承下さい。
現状はこうだけど、今後は考えていかなければならないかも知れませんね。
―――――――――――――――――――――

骨髄バンクへの理解が少しでも多くの人に広まればと思ったのだが、残念。
「骨髄バンク登録者を増やすきっかけとしたい」と言うのが趣旨だったのだが、少し説明不足だったのかもしれない。

インターネットの掲示板の書き込みに「人の命がかかっているのだから、会社を辞めてでも提供する」なんて書き込みを見かける。
「勝手にどうぞ」とぼくは思う。
現実問題として、会社の理解が得られずに登録や提供を断念する人は多いのでは無いだろうか。
そのような人たちに、「辞めても提供しろ」なんてことはぼくには言えないし、言ったところでまず解決はしないと思う。
実際ぼくも「会社を辞めるか、提供をするか」の二者択一を迫られたら、提供を諦める。申し訳ないけれど、他人の命より、自分と家族の生活の方が重要だ。
そのような個人の負担で解決すべき問題では無いと考える。
あるべきは、やはり社会が支える環境が成り立つことだと思う。
もう少し社会的理解が深まり、ドナー休暇制度が一般的になると良い。
骨髄移植推進財団では「ドナー休暇制度」の推進キャンペーンも実施しているが、一般的にはまだまだ理解が薄いと考える。
社会的理解を深めるために、ぼくに出来ることを考えている。
(ぼくのこんなブログも極々微力でも力になればなぁ)

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2007年9月17日 (月)

骨髄ドナー体験記-家族の同意

「父への説明文」
骨髄提供ドナーに選ばれました。
移植は○月~×月になる予定です。

骨髄提供には家族の承諾が必要です。
言葉で説明するのは難しいので、提供の意識について、まとめました。

詳細は小冊子に詳しく説明されているので、もう一度熟読して下さい。
ドナーのリスクについて特に書かれておりますが、日常生活におけるリスクと大差無いものだと、ぼくは判断します。
しかし、リスクはあります。
なぜリスクを負っても、提供希望登録を行い、提供するのかを説明します。

現在、多くの血液疾患が、化学療法で完治します。
骨髄移植は、化学療法で完治出来なかった患者にとって、最後の希望と考えます。
骨髄移植は患者さんにとって非常にリスクの高い治療法です。
非血縁者間骨髄移植希望者は年間おおよそ1500人います。
骨髄移植を希望しても、ドナーが見つからない方が10~20%います。
年間150人~300人の方がドナーを見つけることが出来ず亡くなっています。
骨髄提供手術の処置や副作用で10~20%の方が亡くなります。
手術が成功しても、長期的に生きられる方は50~60%程度です。
そんな危険を冒してまで骨髄移植を希望するのは、それ以外に生きる望みが無いからです。

小冊子の通り、骨髄移植が必要となる血液疾患の多くは、造血幹細胞のガンです。
肺癌や胃癌は多少なりとも生活習慣による影響がありますが、血液のガンはほとんどが偶発的に発生するものと考えられています。
つまり、全く他人事ではありません。
「自分だけは」とか「うちの子に限って」とか、全く根拠の無い安心感で無視する事は出来ません。

白血病など骨髄移植を必要とする病は、突然にふりかかります。
兄弟に適合者が見つかる確立は4分の1。
血縁者に適合者が見つからない場合は、非血縁者のドナーが必要とされます。
適合する確立は数百~数万分の1
患者と患者を愛する人たちは、必死の思いで数万分の1人を探します。
今回、ぼくは数万分の1人かもしれません。
(残された可能性はぼくの骨髄以外に無いのかもしれない)
ぼくがドナーとなるリスクに怯えて、若しくは家族の同意が得られずに、骨髄提供を辞退したら、患者さんは生きる希望すら失ってしまいます。

突然、ぼく自身、若しくはぼくの家族の誰かが病に倒れる可能性だってあります。
助かる見込みは非血縁者の骨髄のみとなることも充分考えられます。
そんな時に、ドナーとなってくれる人のリスクを考えて、移植を諦めるなんてぼくには絶対にできません。

自分のリスクをさけて人にはあげないけど、他人にリスクをかけて自分はもらうなんて事は、出来ません。

「お互い様」とか「持ちつ持たれつ」だとぼくは考えます。
献血と同じです。
いつか自分が病気や大怪我で、輸血を受けるかもしれません。
血液は作れません。献血をしてくれる人がいなかったら、輸血は受けられません。
「今誰かが困っているから、何かをしてあげよう」って言うことではなく「自分が困っているときに助けてくれる人がいるのだから、自分も何かしたい」っていう感覚です。

ぼくや、ぼくの子供達が発病したとき、生きる希望をのこす為には、骨髄バンクが必要です。
その為にも、自分自身の登録や提供は不可欠だと考えます。
(登録者がいなければバンクは成り立ちません)
多くのお金が必要な寄付や、多くの時間が必要なボランティア活動と違って、少しの時間と健康な体さえあればできます。ぼくだって出来ることです。
お金をかけても骨髄は作ることが出来ません。ぼくにしか出来ないことです。
誰しもが「いつか身近な人が移植を必要となってから考えればいいや」なんて姿勢なら、バンクは成立せず、患者さんの希望はなくなってしまいます。

骨髄提供がリスクの大きい事だと考えてしまうのは、理解不足からだと、ぼくは思います。
骨髄バンクや骨髄移植への理解が深まり、登録者数が増えてくれると安心できると考えます。

長くなってしまいましたが、これがぼくの考えです。

どうか、ぼくの骨髄提供に快く同意して下さい。宜しく御願いします。

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骨髄ドナー体験記-20

骨髄ドナー体験記-20
「最終同意日程の調整」
56日後 携帯電話へ 会社(15:50)
提供の意志再確認、家族の同意再確認、会社の了承確認、最終同意日程の調整。

最終同意日程は9日後。
聞いていた日程より早めとなる。
何事も早め早めに進めたいぼくとしては歓迎。
来週には骨髄採取病院及び日程も決定するようだ。
毎度毎度電話のたびに、何度と無く提供の意志と家族の同意確認をされ、少しうっとうしい。まぁ現在の最も重要事項なのだろうから仕方がない。
あるいは、提供が出来なくなってしまった候補者が言い出しやすいように配慮しているのかもしれない。

じつのところ、電話連絡にて母の同意は確認しているものの、同居の父には相変わらずきちんとした了承を得ていない。
最終的に了承が得られる自信はあるのだが、最終同意には同行してサインをして貰う必要がある。
そろそろ説得のタイムリミットだ。
父とはなかなか会話にならず、落ち着いて説明する事が出来ない。
お互いに意地を張っているような状態にすぐ陥ってしまう。

ぼくの考えを文書にして、取りあえず読んで貰う事を試みる。
(読み返してみると、何とも味気ない文面だが、和気藹々とした家族では無いので仕方がない。)

この文書を渡す時点で、父には最終同意の同行と骨髄提供への了承を得た。

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骨髄ドナー体験記-19

骨髄ドナー体験記-19
「ボランティア休暇制度の提案」
55日後 会社 人事へメール

会社にはボランティア休暇制度が無い。
(一応、東証一部上場なのだけれど・・・)
最近、骨髄提供の意識普及について、貢献したいと考えはじめたぼく。良い機会なので提案してみる事にした。
本当は提供後の提案が望ましいのだけれど、成立を目指すのなら、提供予定者がいる今がきっと好期。
グループ全体でも2千人程度の弊社。ざっくり計算すると骨髄提供者が発生するのは43年に1人程度。
今を逃すと43年もの間実績は無くなってしまう。
そんな意味もあって提案した。
(ちゃんと検討してくれると良いのだけれど・・・)

現在、骨髄バンクを通じての骨髄提供は2回までと制限されている。
ドナーを守るための措置なのだが、医学的な根拠は無いらしい。
映画化もされている「半落ち」で、主人公は自分の骨髄に「生きる意味」を感じる。
誰しもが、2人の命を救う可能性を自分の骨髄に持っている。
少しは自分の事を大切に考える根拠にはならないかな?

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2007年9月16日 (日)

骨髄ドナー体験記-18

骨髄ドナー体験記-18
「コーディネーターさんより決定のお知らせ」
54日後 携帯電話へ 自宅15:09
再度意志確認、家族の同意確認、スケジュール確認、希望病院など

以前より聞かされていた患者さんの移植希望日はおおよそ今日から45日後。
しかし今後のスケジュール調整から、厳しいとのこと。
献血と違って、自己採血の間隔は1週間で良いはず、スケジュールが厳しいのは行程上ではなく調整上の問題なのだろう。
入院日程やら手術日程やら、ベッドの空きとか、医者や弁護士の都合とか、きっと1ヶ月半では予定が決定してしまっているのだろう。
そんなわけで実際には今日から45~100日のあいだ位になるようだ。
(まだまだ先のお話になっちゃったなぁ。)
ドナーとしては、いつ事故に巻き込まれるとも限らない、いつまでも気張って生活するのも疲れるので、早めに提供したいのだが、仕方がない。
(提供日程が患者さんの希望に添えないのは、ぼく側の理由では無く、調整上の問題って言うのは患者さんに伝わるのだろうか?提供が遅れることで恨まれなければ良いのだけれど・・・)

最終同意の日程は14日後以降となるようだ。

---
(調整上の問題で提供日程が大幅に遅れる事は無いようです。
今回のケースで、迅速コースながら提供までの日数が長くかかったのは、患者さん側の何らかの事情によるもののようです。)

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骨髄ドナー体験記-17

骨髄ドナー体験記-17
「ドナー選定のお知らせ」
53日後 自宅 郵送(速達)
最終的なドナー候補者に選ばれた。海外渡航自粛依頼。

何とも嬉しいお知らせが来た。
どうやら人の役に立つ事が出来るようだ。
貴重な体験が出来る。
多くの人と同じように、ぼくは今まで入院したことが無い。
医者に行く様な大きな怪我も無い。
せいぜい歯医者と風邪くらい。
そんなわけで入院も初体験。

インターネットを巡って、提供者さん、患者さん、患者さんの家族、提供希望者など、様々な人々のお話を聞く。
(色々な意見があるものだなぁ。)
なかなかわかりやすく説明する事が難しいのだけれど、「持ちつ持たれつ」がぼくの考え。
多くの意見の中には反論したくなる意見も多数。
「患者さんの苦しみに比べたら云々」
だいたい比べる事では無いと思う。比べようもない事は当たり前の話だ。
提供者本人が(自身に対して)言うのは理解出来る。しかし、(たとえかつての提供者や患者さんの家族だとしても)第三者が提供候補者に対して「だからドナーになりなさい」と言うのはなんだか違う気がする。
そう言う意見を押しつける人は、全ての私財を貧しい国の人々のわずかな1食にでも変えてしまうべきだと考える。
月並みな言い方だけれど、世の中与えられる不平等なのは仕方がない。
たまたま健康な体でいる事と同じように、たまたま路上生活者でも飢えない国に生まれただけのことなのだから・・・。

提供に関しては本人の意思に委ねられるべきだと考える。

では、たまたま血液疾患となってしまった患者さんはどうなのだろう。
残酷な意見なのだけれども、これもまた仕方がないことだと思う。
たとえ患者さんだとしても、コーディネート中止を決断したドナー候補者や、同意しない親族、若しくは提供を考えている人たちに対して、「傲慢」だなんて発言してはいけないと思う。
皆、自分が出来る範囲で出来る事をする。それ以上は望めない。
(ぼくは献血や骨髄提供は出来ても、多額の募金なんて出来ないもの。)

「それではおまえが患者の親で、候補者が家族の不同意を理由に提供を拒んでも、平然としていられるのか!」なんて意見が聞こえてくるようだ。
平然としてはいられないでしょうね。憤りを感じてしまうかもしれない。

火事場の救助に火の中へ飛び込もうとする人がいたら、ぼくは止めると思う。
リスクはあまりにも大きすぎる。
でも家族や、愛する人が火の中にいたら、ぼくは飛び込むかもしれない。
リスクの判断に、身内と他人では考え方が違うのはしかたがない。

でも、身内の献血を止める人はいないでしょ?。
問題点は骨髄移植に関する理解不足だと、ぼくは思う。

きっと骨髄移植への理解は深まり、意識は変わって行くと思う。
「提供してあげる」のでは無く、「提供はごく普通の当たり前のこと」に。
提供希望者は増え、提供希望者が提供出来る環境はどんどん整備されて行くと思う
もっと望まれるのは、危険の無い確実な化学療法が確立する事だと思うのだけれど。

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2007年9月15日 (土)

骨髄ドナー体験記-16

骨髄ドナー体験記-16
「確認検査結果」
45日後 自宅 郵送

確認検査から丁度1週間。2週間程度かかると聞いていたので、すごく早い結果の送付だ。
「財団の基準では、問題ありませんでした」との記載。
健康上の問題をクリアしたこの時点で、ぼく側の提供不可理由は無くなった。
この結果とHLAデータは、患者さんの主治医に送られ、コーディネートを受けている候補者(平行コーディネート中1~5人)の中から最も適合率の高い人がドナーに選定される。

「カレシの元カノの元カレを知っていますか」
これは、ACのポスターにあったコピーだ。
なかなかインパクトがある。
彼女の元カレなんて知らないし、元カノの元カレの元カノの・・・きりがないけどもちろん知らない。
エイズのお話だ。
そんなわけでHIV保菌者である可能性は0とは言い切れず、少し恐怖があった。
(HIVキャリアでコーディネート中止なんて、かっこわるい事この上ない・・・)
一安心だ(患者様、検査費用ありがとうございます)。

ドナー候補者の理由によるコーディネート中止は患者さんを大きく落胆させると聞く。
ぼく側の理由でコーディネート中止にならずに良かった。
健康に注意して、生活することにしよう!

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骨髄ドナー体験記-15

骨髄ドナー体験記-15
「ドナー休暇証明書(確認検査・面談)」
29日後 自宅 郵送

ぼくの会社にはドナーの為の特別休暇制度は無いのだけれど、ためしにもらってみた。
翌日に送付されるなんて随分早い。

「体験記」
インターネットには沢山の体験記がある。
医療関係者による体験記などは、そりゃぁ詳細で、ぼくの体験記なんて比べるのも恥ずかしいくらい。
ボランティア体験なんて、こんなふうに大ぴらにせず、粛々と行う事だとぼくも思う。

先日、骨髄移植を経験した元患者さんからメールを頂いた。
色々なブログなどを巡って、骨髄移植に関する体験談等を探していると、ある元患者さんが、ぼくの足跡からぼくのブログにやってきた。
ぼくが訪問の理由(ドナー候補者になった旨)を伝えるとすぐに返信があり、ドナー登録者全員への感謝と共に、提供の意識を周りの人に広める事も重要だとの内容。
最後にぼくの幸せと健康を祈る言葉で締めくくられていた。
ぼくが送ったメールがちょっと薄っぺらい感じだったので少し恥ずかしい気持ちを持ったのだけれど、何か意識を広めることが出来ないものかと・・・。

ぼくがここでこんなふうに発言する事にも、少し意味はあると思う。
ドナー体験記を検索する人の多くは、ドナー候補者ではないだろうか。
詳しい体験記は、これから提供に望む候補者にとっては、非常に有意義な情報源だ。
しかし、ぼくの体験記を読んでくれている人たちのほとんどが、ドナー登録者では無いと思う。
全く興味が無い人たちに骨髄移植に関する理解を深めるには、身近な誰かの体験談が有効だろう。
骨髄移植に関する理解不足が、ドナー登録者を減らしている重要な要因だとぼくは思う。
全く興味の無かった人、若しくは誤解から多大なるリスクと感じてしまっていた人たちが、骨髄バンクについて興味をもったり、リスクを必要以上に怖がっていた人たちの誤解が解けるきっかけとなったり出来れば良いのだけれど・・。

骨髄移植の理解が進み、ドナー登録が特別な行為では無くなり、ドナー登録者が増えれば、ぼくやぼくの愛する人が病に倒れたときに、ドナーが見つかる可能性が増える。

だから、どうか皆さん!
ちょっとした話題の端にでも「骨髄移植って知ってる?」「骨髄採取って脊椎から取るんじゃ無いんだってね~」とか、話してくれないかなぁ。

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2007年9月14日 (金)

骨髄ドナー体験記-14

骨髄ドナー体験記-14
「事故事例補足説明」
28日後 ○○医大病院 「確認検査・面談時」
面談の際、採取手術時の事故事例と後遺症に付いての補足説明があったので、書き留めておく。
・採取用注射針の折れ
 従来は採取の効率を考慮して、針の先端に複数の穴があけられた注射針を使
 用していたため、折れる事故が発生したが、現在では針穴を一つの物にして、
 強度を確保している。
 従来は針を洗浄再利用しており、金属疲労等があったが、現在では使い捨て
 となっている。
・肝炎ウイルスに感染
 あり得ない事故で原因不明。
 以後、ドナーに使用する針等はほとんどが使い捨てのものに変更。
 規定通りに進められていたのなら考えられない事故。
・腰痛
 採取時はドナーをうつぶせにして行い、骨に針を刺す力仕事となる為に、ド
 ナーの腰に負担がかかる。充分注意して実施しているが、腰痛などの症状が
 ある場合には、事前に申し出て欲しい。
・しびれ、感覚障害、知覚低下など
 1~2時間程度全身麻酔状態となる、その間意識が無く体は動かない。
 通常の多くの手術と違ってうつぶせで行われるため、術中、神経が圧迫され
 た状態が続いてしまうのが原因。しっかり監視して充分注意している。
・動脈から大出血
 腸骨を貫通した針が、血管に突き刺さり、大出血となった。事前の検査に
 て針の深さを充分に検討し、注意して採取している(調整医師はこの事故を
 最も重要視していた)(腸骨の厚みはおおよそ3cm)。

スペースシャトルですらも大爆発したのだし、どんなに注意しても、起きてしまうのが事故。
しかし、事故はドナーへの危害だけでなく、提供希望登録者数や骨髄バンクの存続に直結し、患者さんの希望を脅かしかねない事態となってしまうだけに、様々な教訓を生かし、対策し、ルールを厳守し、細心の注意を払って防止に勤めてもらいたい。
(言われるまでもないことだろうけどね!)

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骨髄ドナー体験記-13

骨髄ドナー体験記-13
「確認検査・面談」
28日後 ○○医大病院 10:30~11:30

10:15に病院へ到着。
入り口を抜けるとすでにバンクの封筒を持ったコーディネーターの方が待機している(このとき初対面)。
簡単な挨拶後、担当の先生を呼び、3人で小さめの会議室のような部屋へ(12~14人がけ程度の椅子とテーブル)。
窓側の隅に調整医師の方が座り、ひとつ空いてコーディネーターさん。空いた席の正面にぼくが座った。
(調整担当医師の方は最終同意までが担当であり、採取施設決定後、そちらに引き継がれる)

「骨髄提供者となられる方へのご説明書」を抜粋し読み上げるかたちで、コーディネーターさんが説明を始める。
説明書は事前に十分読んであったし、インターネットの様々な情報も調べてあったので、特に質問は浮かばない。
気になっていた休職期間について聞いてみた。
調整医師のいる病院では水曜日が採取日となっている様で、火曜入院、水曜採取、金曜退院で、土日自宅で休養、月曜から出社OKって言うのが大抵のパターンだそうだ。
退院後2日間(術後4日間)くらいおとなしくしていた方が良いみたい。
土日を絡めて6日間程度の工程と言った感じだろうか。
肉体労働は困難だそうだけど、机仕事なら退院翌日からでも出社する人もいるそうだ。
(30分程度の説明)

一度、コーディネーターさんが席をはずし、調整医師の方の問診。
(病歴など、最初に送付した問診票の確認)
(5分程度)
コーディネーターさん戻る。

検査は、別室で行うのかと思いきや、やおら紙袋から血圧計を取り出す(水銀のやつ)。
調整医師の先生自ら血圧測定。
「ぼくが血圧を測るのは、このときだけなんですよ~」なんて言っている。
たしかに看護師さんのほうがきっと上手だ。
次に封筒を取り出し、中から採血セットをガサっと机の上へ。
針刺しは痛くなかったし、上手なのだけれど、注射器から専用の試験管へ移し変える際には、「あれれ?」なんて言いながら、会議室の机の上にぽたぽたとたらす(なんだかおかしい)。
(10分程度)

交通費の精算(10円/km)をして、本日終了。
おつかれさまでした。
(総計45分くらいかな?)

さて、25mlの採血はこれから様々な検査に使われる。
・DNAタイピング
・血液型・血算・肝機能・腎機能検査
・感染症検査(梅毒・肝炎・エイズなど)

血液検査の結果と、その結果が財団の定めたドナーの適正基準に合致しているかどうかの通知は2週間程度で送付されるとのこと。

「HLA」が患者と一致した方がドナー候補者として選ばれる。
いわゆる血液型の「A・B・O・AB型」は赤血球の血液型で、「HLA」は白血球の血液型。
(文書で説明するのは難しいので、興味のある方は検索してみてください)
HLA型は「A・B・C・DR・DQ・DP座など」があり、それぞれが数種類から数十種類あり、それらの組み合わせとなる。
骨髄バンクではA・B・DRの三座の抗体の適合を基準としている。
HLA型は両親から各座半分ずつ遺伝的に受け継ぐ。
よって各座毎1対、合計3対、6抗体の適合が必要となる。
(たとえば、A24・A33・B44・B52・DR2・DR13とか)

骨髄データセンターには、骨髄ドナー登録した人の血清学上の6抗体のデータが登録されており、この6個の内5個以上が一致した登録者が候補者として選ばれる。
しかし、同じ型の抗体でも、遺伝子レベルでは数種類の異なる型に分類される。
(たとえば、B61(4002)・B61(4005)とか)
(となると、適合はほとんど不可能と思えるのだが、ほぼ単一民族の日本人では、型が似ているケースが多く、現在では患者の8~9割に適合者が見つかる)
今回の確認検査では、ぼくの抗体をさらにDNAレベルで検査し、患者さんとの適合性を調べ、最も適合率の高い候補者がドナーに選定される

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2007年9月13日 (木)

骨髄ドナー体験記-12

骨髄ドナー体験記-12
「確認検査日程、都合の再確認」
27日後 携帯電話へ 本屋(18:54)

明日の確認検査・面談について、不都合は無いかの問い合せ。
待ち合わせ場所・時間・持ち物(最初に送られてきた説明書と交通費領収の為のハンコ)の確認。

「リスクについてもう一度考える」
骨髄移植に関して、ネガティブな意見ばかり聞こえてくる。
そう言う意見にふれるにつれ、あまのじゃくなぼくとしては、ついつい安全性を強調して考えてしまう。
(ここ(体験記)でも、偏った意見ばかりしてしまっているような気がしてきた)
もう一度、危険性について少し調べてみた。
「危険性」
全身麻酔事故 10万人に1~2人は死亡(ただしこれは病人のデータ。健康な人に麻酔をかけることは通常無いので、健康な人の場合の死亡率は不明)
麻酔中人工呼吸となるため、そのパイプにより、歯が悪いと折れる。声帯や喉を痛める(声が変わる)。
「採取後の事例」
採取部の痛み、不快感、排尿痛(尿道カテーテルによる)、のどの痛み、吐き気、発熱など発生することが多い。
採取部の痛みは3ヶ月後でも少しあるケースも(8%)。
(まぁ、この程度は覚悟の範囲内ですね)
「合併症による障害保険適用事例」
 72例(0.9%)
(結構多いね、このケースだと入院期間はそれなりに延びたのだろう。保険が適用され、治癒するとはいえ、休みが長引くのは困る・・・)
「後遺障害保険適用事例」
 9例(0.1%)
神経圧迫による知覚障害、知覚低下、しびれ感、軽度の麻痺。長期にわたり採取部の痛み残存。
(後遺障害は正直、勘弁して欲しい)

100人に1人の割合で困ったことになるようだ。
安全安心とは言っていられない。
たかだか4日間なら入院もたいしたこと無いように感じるけど、長期になるのは困る。
おおよそ1%の障害保険適用事例は少なくない確率に思えた。

いままでは入院の平均日数ばかりに注目して、それ以外の数字を見ていなかったようだ。
骨髄バンクの機関誌に、日常生活に復帰するまでの日数が出ていた。
(データ4344件中)
1~7日 3618件 83.3%
8~14日 477件 11.0%
15~21日 169件 3.9%
22~29日 40件 0.9%
30日以上 40件 0.9%
これはただごとではない。
いくらなんでも自己都合で連続2週間も会社を休むのは気が引ける。
4日間程度の入院とたかをくくっていたのだけれど・・・。
退院の翌日には会社に出られるものと思っていたのだけれど、考え直さねば・・・。
一方入院日数は
(データ7599件中)
4日 5319件 70.0%
5日 1256件 16.5%
3日 515件 6.8%
6日 418件 5.5%
7日以上 91件 1.2%
7日以上入院は全体のわずか1.2%なのに、日常生活に復帰するまで8日以上かかるケースは16.7%(15日以上でも5.7%)と高い。
退院後も自宅で療養するケースや、再入院等があるのだろうか。
(日常生活へ復帰するって言う内容の定義が曖昧なのかもしれない)

「たとえ何日休もうとも、人の命がかかっているのだから」
当然そういうことなのだけれど、どうも現実感がわかない。
「骨髄移植は善意のボランティアです!」なんてアピールが強すぎるような気がする。
「持ちつ持たれつ」とか「お互い様」とか、そういう意識と、厳しくてかなしい現実についてももう少し考えなきゃいけないような気がする。

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骨髄ドナー体験記-11

骨髄ドナー体験記-11
「何もかもが言い出しづらい」
綺麗な朝焼け、おいしいカップラーメン、泣ける映画、難しい人間関係、ニュース、体重計の目盛、カエルの大合唱とか・・・。
小さな感動やら、大きな関心事やら、つまらない出来事でも、身近な人に聞いて貰ったり、あるいは意見を聞かせて貰ったりしたいですよね。
(賛同が得られると嬉しかったり・・・)
ただ、それだけの事。

ドナー候補者となって、これからの体験にわくわくする気持ちが大きい。
今のぼくにとっては一番の関心事だ。
そんなわけで、骨髄バンクのお話をしてみたいのだけれど、何もかもが言い出しづらい。

骨髄ドナー登録のお話をすると「えらいですね~」「すごいですね~」「りっぱですね~」などと言われてしまう。
(善人ぶるなよ)(いやだね~、いい人アピール?)とか(押しつけがましいなぁ)なんて、視線を感じる気がする。

自分が楽しんでいる以外には、全く何もない。
単に、自分の関心事を聞いて貰いたいだけの普通の事。
(あの人は善人と思われたいからドナーになったんだ)なんて、そんな人だと思われるのは悲しい。
骨髄バンクに登録していない人を非難する気持ちなんて、全くない。
登録を強要するつもりもさらさらない。
(そう言う風に周りが感じてしまうのなら、良い話題ではないのかもしれない)

でも、ぼくの話しで、骨髄バンクに興味を持ったり、理解が深まったりしてくれたら、そりゃぁ、すごくうれしい!

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2007年9月12日 (水)

骨髄ドナー体験記-10

骨髄ドナー体験記-10
「確認検査(面談日)のご案内」
23日後 郵送 自宅

検査及び面談の案内
日程・場所・時間・地図・コーディネーター名・調整担当医師名

確認検査とは、候補者のHLAをDNAレベルで詳しく検査し、患者さんとの適合性を判定。またドナーの健康チェック(ウィルス感染等)を行い、候補者の中から最適者を選定するための検査。
(HLAの適合率は患者さんのリスク(拒絶反応等)に直結する。高い適合率のドナーを見つける必要がある)

患者さんのリスクについても調べてみた。
患者のリスク(骨髄移植はリスクの高い治療)
免疫反応により肝臓、胃腸、皮膚などに障害を受けたり、細菌などに弱くなり肺炎にかかったり、あるいは移植前の抗ガン剤などの副作用により肝臓や腎臓の障害を受けて、移植を受けたにもかかわらず10~20%の患者さんは死亡される。
また、移植後に白血病などのもとの病気が再発してしまうこともある。
全体として長期的に生存できるかたは、全移植患者さんのうち50~60%となっている。
他にも、治療には強力な放射線が使用される為、生殖機能が失われる可能性が高いなど、非常にリスクの高い治療法だ。
もちろん移植をしなければほとんどの方は助かる見込みはない患者さん。
つまり、骨髄移植は助かる見込みのない病気に対して残された唯一の治療法と言える。
移植を待っている患者さんにとって、バンクやドナーの存在は生きる希望。

すこし、驚いた。
覚悟の上、困難な治療を決断し、生きる望みを移植にかけた患者さんの10~20%はドナーすら見つからない。
様々な困難を乗り越え、辛い治療を受け、移植を行っても10~20%の患者さんは移植治療で亡くなってしまう。
移植を受けても、長期的に生きられるのは50~60%・・・!
完治までには副作用との長い闘病の危険性があり、完治しても子供が出来なくなってしまう可能性が高い。

(インターネットで調べた内容のぼくなりの解釈。間違いがあるかもしれません)
(生存率は、インターネット上でも公開されているので、あえて記載しましたが、病気の種類や患者の年齢により大きく開きがあるようです。各病名に関する生存率は、インターネット上に公開されています)

ここまで、読み返してみた。患者さんとドナー候補者とでは、そりゃぁ意識は違って当然なのでしょうけれど、ドナー候補者のぼくの考えと患者さんの考えには大きな差があるのだろうなぁ。(これを読んだ患者さんが不快に思わなければ良いけど)

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骨髄ドナー体験記-9

骨髄ドナー体験記-9
「検査日程及び調整担当医師決定のお知らせ」
20日後 携帯電話へ 会社(16:50)

・検査日程の決定(候補2日より都合の良い日を決める)
・調整担当医師の連絡
・検査は18日後
・病院の入口で待ち合わせ(目印は骨髄バンクの封筒)

迅速コース
通常160日程度(患者登録~移植)かかる日程を80日程度で済ませる(通常はドナーの都合に合わせコーディネートを行うが、迅速コースでは、80日を目指した期間管理で実施される)。
なんだか特別に患者さんが急いでいるのかと思ったのだが、H17年度は40%の患者さんが迅速コースを選んだそうだ。
H17年度の患者登録から移植までの中央値は150日(コーディネート開始から移植までは103日)とのこと。

もちろん患者さんの都合最優先だけれども、ぼくも早いほうがいい。
(長くかかると待たされている気がする)

「家族の事を考えたら、普通は骨髄ドナー登録なんて出来ないよ。」
「どうして、そんな赤の他人の為に、おまえが痛い思いしなきゃなんないんだい」
「おまえは骨髄提供なんてして、いい気になっているかもしれないけれど、家族の心配や、万が一事故にでもあった場合の子供の事とか考えているのか!」
なんて自己批判してみる。

確かにぼくの決断は自分勝手なものだけれど、家族の事を考えるからドナー登録し、提供する。
病気は突然やってくる。
当たり前の事だけれど、患者さんに責任なんて全く無い。
(生活習慣病じゃない、遺伝でもない、偶発的なものと考えられている)
「自分だけは大丈夫」とか「うちの子に限って」なんて根拠のない安心なんて出来ない。
ぼくや、ぼくの子供達が発病したとき、生きる希望をのこす為には、骨髄バンクが必要だ。
その為にも、自分自身の登録や提供は不可欠だと考える。
(登録者がいなければバンクは成り立たないものね!)
多くのお金が必要な寄付や、多くの時間が必要なボランティア活動と違って、少しの時間と健康な体さえあればできる。ぼくだって出来る。
お金をかけても骨髄は作ることが出来ない。ぼくにしか出来ない。

誰しもが「いつか身近な人が移植を必要となってから考えればいいや」なんて姿勢なら、バンクは成立しない。
今、登録しなければ、登録者数は増えない。
骨髄バンクや骨髄移植への理解が深まり、登録者数が増えてくれると安心出来るのだけれど・・・。

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2007年9月11日 (火)

骨髄ドナー体験記-8

骨髄ドナー体験記-8
「母の承諾」
15日後 自宅より実家へ電話(10:30)

危険は少ない事などを説明して、承諾を得る。
しぶしぶだ・・。

まぁ100%安全で無い限りは、承諾なんてしたくないのだろう。
でも、目の前でおぼれている人がいたら、危険を省みず飛び込んだりするよね!

一人親のぼく。ぼくが死んだら、二人の子供の親はいなくなってしまう。
危険性についてもう一度調べてみる。

死亡事例
これまでに世界で10万件以上の骨髄採取が行われているが、重大事故はきわめてまれ。
日本の骨髄バンクを介しての骨髄採取では、死亡事例は発生していない。
しかし、過去に海外で3件(血縁者間2例、非血縁者間1例)、日本で1件(血縁者間)のドナー死亡事例が報告されている。
(骨髄移植が始まった当初の事例、日本の例は麻酔事故によるもの)

4人/10万人(この分母は、これからどんどん増えるのだろう)

これを見て、安全と判断するか、危険があると判断するかの基準は、人それぞれだ。
ぼくは日常生活のリスクより、むしろ低いものだと考えるけど・・。

白血病など骨髄移植を必要とする病は、突然にふりかかる。
兄弟に適合者が見つかる確立は4分の1。
血縁者に適合者が見つからない場合は、非血縁者のドナーが必要とされる。
適合する確立は数百~数万分の1
患者と患者を愛する人たちは、必死の思いで数万分の1人を探す。

数万分の1人はぼくかもしれない。
(残された可能性はぼくの骨髄以外に無いのかもしれない)
ぼくがドナーとなるリスクに怯えて、骨髄提供を辞退したら、可能性すら無くなってしまう。

突然、ぼく自身、若しくはぼくの愛する誰かが病に倒れる。
助かる見込みは非血縁者の骨髄のみ。
そんな時に、ドナーとなってくれる人のリスクを考えて、移植を諦めるなんて事は絶対にできない。

自分のリスクをさけて人にはあげないけど、他人にリスクをかけて自分はもらうって、なんだか嫌だ。
「お互い様」とか「持ちつ持たれつ」だ。
献血と同じ。
いつか自分が病気や大怪我で、輸血を受けるかもしれない。
血液は作れない。献血をしてくれる人がいなかったら、輸血は受けられない。
「今誰かが困っているから、何かをしてあげよう」って言うことではなく「自分が困っているときに助けてくれる人がいるのだから、自分も何かしたい」っていう感覚。
(だから、せめて提供の意思に快く同意して、応援してほしい。誰しもが自分や自分の身内がかわいいのも、よくわかる。)

(もちろん、提供したくない人が無理にする必要は無いと思う。多大なるプレッシャーや恐怖を感じてしまう人に強要するつもりはまるでない。ぼくの様に、好きで提供したい人に任せればいい(まだメンバーが足りていないのだけれど。自分の出来る範囲の事をすればいいと思う。)

とはいえ、やっぱり骨髄ドナーをリスクの高い行為だと考えてしまうのは、認識不足や誤解から来るものだと思う。

(ぼくも最近まで、骨髄ドナーは人助けだと思っていた。思い違いですね。少し想像してみれば、献血と同じで持ちつ持たれつ、お互い様だ。恥ずかしながらぼくにとっては、大きな発見。)

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骨髄ドナー体験記-7

骨髄ドナー体験記-7
「担当コーディネーターよりはじめての連絡」
14日後 携帯電話へ 会社(15:20)

・挨拶
・家族の同意再確認(母は?)
・会社の承諾確認及び休暇取得に関するアピールの依頼。
・移植時期の確認と不都合日の確認
・検査日程の調整(病院並びに日程)
・連絡先の再確認(携帯or会社など)

最初のアンケートには父(同居)の同意を得たと記載(正確には得ていないけど・・・)。
母(実家)の同意についての問い合わせ。

母には連絡していない。
黙っていようと思ったのだが、直前に拒否でもされると面倒だ、連絡し、承諾を得ることにしよう。
移植時期の予定といっても2~3ヶ月先の事だし、移植より優先される予定も無いかな。

コーディネート開始の実感がわく。
「適合者」から「候補者」に格上げされた様な気分。
1人の患者さんに対し、平行して最大5人まで平行してコーディネートが実施可能なので、1~5名のドナー候補者がスタートラインに立っているのだろう。

交通費を含め、基本的にドナーの費用負担はない。
今日から実際にかかるドナーの検査費用負担は、患者さんに請求される。
取りあえずの費用(確認検査費用\8,000-、検査調整\9,000-、各1名分なので、こちらは人数分支払う)
(その他に患者さん自身のHLA確認検査料\42,000-、ドナー団体障害保険料\25,000-)

さて、母の承諾・・。

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2007年9月10日 (月)

骨髄ドナー体験記-6

骨髄ドナー体験記-6
「骨髄!脊髄?」
10日後 同僚と 会社にて

休まねばならない場合の協力に承諾を得る。

同僚が深刻な顔で
「骨髄液なんて採取しちゃって、脊椎に傷をつけて、半身不随になったり、危険はないの?」

骨髄と脊髄、骨髄採取(骨髄穿刺)と腰椎穿刺が混同されている事が多い。
ちょっと調べてみた。

骨髄(こつずい:ほねのずいまで~、ってやつ)
骨はちょうど竹のような構造をしていて、硬い皮質という部分に囲まれている中空部分が「骨髄」。
骨髄はゼリー状になっていて、その中に赤血球や白血球などを作る造血幹細胞という細胞が含まれている(血液は体中の骨の中で作られる)。

脊髄(せきずい:プレデターがコレクションしているやつ)
脳から延びて背骨(脊椎管)の中を通っている中枢神経。

骨髄と脊髄は呼び名が似ているけど、全く違うもの!

骨髄採取(こつずいさいしゅ)
骨髄採取は、おもに腸骨という骨盤の一部から行われる(丁度ズボンのベルトがあたる部分の骨(厚さ約3cm))
皮膚の上から専用の針を骨にさして、注射器で骨髄を吸い取る。
皮膚表面に刺す針の穴は2~6カ所、骨に刺す針の穴は数十~百カ所程度。
針を刺して最初の5cc程度のみ多く造血幹細胞が含まれており、それ以上採取してもほとんどが赤血球となってしまうため、少量ずつ複数回採取する。
(それでも採取した骨髄液の90%は赤血球。)

腰椎穿刺(ようついせんし)
腰椎間から脊髄腔へ針を穿刺して、脊髄液を採取したり麻酔薬などを注入したりすること。

よく、「背骨に針を刺すんでしょ?」なんて聞かれるのだけれど、これらの混同による間違いですね!
腸骨から採取するので、脊椎へのダメージは全くあり得ない。

もちろん、骨を切り取って移植する訳でもない。
注射器でドナーの骨髄を吸い取り、点滴で患者さんに移植する。
献血のスペシャル版って感じかな。

(これらの誤解が解けると、骨髄バンクの登録者が増えるかもしれない。)
(インターネットで調べた内容をぼくなりに解釈したのですが、間違いがあるかもしれません。)

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骨髄ドナー体験記-5

骨髄ドナー体験記-5
「上司の承諾」
9日後 上司と 会社にて

面談および検査・同意確認・健康診断・自己採血・骨髄採取(入院)・採取後健康診断などと、ドナーに選ばれた場合、平均的にはのべ7~10日程度の休みを取らねばならない。
当然、会社には色々と迷惑をかけてしまうことになり、理解と協力は不可欠だ。

製造メーカーの工場に勤務する普通のサラリーマンだが、仕事のスケジュールはほぼ自分で決められ、比較的休みの取りやすい部署に所属している。

上司に、骨髄提供のコーディネート開始について相談し、賛同を得る。
「社会貢献してきなさい」との事。
(ありがたいお話!)

上司の承諾については、あまり心配していなかった。
この手の事には理解のある上司だし、同僚の協力も得られるだろう。
(人命に関わるような高級な仕事をしているわけではないが、仕事に対する責任もある。同僚の協力が得られなければ、提供は困難。)

ボランティアであるドナーには、当然休業補償なんて無い。
休みは、自分の有給休暇を消化する事になる。
「ボランティア休暇制度」などといった、社会貢献に関する特別休暇制度を設けた会社もあるようだが、残念ながら我が社には無い。
しかし、有給休暇は沢山余っていることだし、大量消化するあても無いので、10日間程度は、全く問題無い。
ある意味ボランティアはぼくの我が儘でもあり、会社には迷惑な話だ。
「社会貢献だから特別休暇にしてくれ」なんて申し入れる気は無い。
しかし、製造現場の直員やスタッフなど、自由な休みの取りにくい部署もある。
「陪審員制度」も始まる事だし、社会貢献に関する休暇に対して、会社の姿勢を明確にする必要があるような気がする。
社会貢献に関して前向きな姿勢を、会社がこのような制度によって明確にすれば、休みづらいといった理由からドナー登録をさけていた人も、登録出来るようになるのかもしれない。
ぼくのケースが終了したら、会社に提案してみようと思う。

(骨髄バンクでは、申請に応じ「ドナー休暇証明書」を発行している)

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2007年9月 9日 (日)

骨髄ドナー体験記-4

骨髄ドナー体験記-4
「担当コーディネーターの決定」
9日後 郵送 自宅
担当コーディネーターのお知らせが届く。

担当コーディネーター名と連絡先が記載
担当医の欄は空欄(まだ決まっていない、後日連絡とのこと)

父とは、その後骨髄提供についての話しはしていない。
いつも言い出したら聞かないぼくだから、諦めているのだろう。
(最終同意には父のサインが必要となる。きちんと話しをしないと・・)

10年間で2回、ドナー候補者となった。
5年に1回の割合。
平均的にはこんなものなのだろうか?
インターネットで調べてみる。

(データの出所・年月がまちまちなので参考程度)
ドナー登録者のうち28.3%が候補者となり、2.4%が提供者となっている。
ドナー登録~候補者となるまでの平均年月は2年10ヶ月。
24%以上の方が、登録後10年を経過してから、提供している。
(24%以上の人?、何とも判りづらい表現。おそらく24~25%の人っていうニュアンスなのだろう。)

つまり、こんな感じかな?
ドナー登録者の71.7%の人=適合者が無く、候補者にならない。連絡なし。
ドナー登録者の28.3%の人=適合する。
(適合者の中から、候補者が選定され、コーディネートが開始)
(適合のお知らせを受け取った半数の人が確認検査前に辞退)
ドナー登録者の13.4%の人=確認検査を受ける(ドナー候補者)。
(平行コーディネートはレシピエント1人に対し最大5人迄)
(候補者となる平均年月は2年10ヶ月)
ドナー登録者の2.4%(1人/42人)の人=提供者となる。
提供者の24%(登録者の0.6%)は登録後10年以降に提供。
提供者の76%(登録者の1.8%)は登録後10年以内に提供。

患者さんについては、
(頻度の高いHLA型の患者さんでは数百から数千人の適合者が見つかる。)
レシピエント登録者の1~2割の人は適合者が見つからない。
レシピエント登録者の2割の人は適合者が1~3人しか見つからない。

(インターネットで調べた内容をぼくなりに解釈したのですが、間違いがあるかもしれません。)

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骨髄ドナー体験記-3

骨髄ドナー体験記-3
「内容確認の連絡」
6日後 電話 会社(10:30)
骨髄バンクより問診票に関する問い合わせ。

血圧が未記入だったので、それに対する問い合わせ。
自分の平常時血圧なんて、把握していない。
会社の健康診断でも異常値は見られず、また過去の献血や健康診断でもはずれた事が無いので、大丈夫だと伝える。

担当コーディネーターの選定、血液検査日程の決定等へ進むとのこと。

ボランティアなんてなかなか出来ない。
多くの人たちが様々なボランティア活動をしている。
すばらしい事だと思う。
しかし、なかなか自分の時間を割いて、活動する気にはなれない。
寄付もなかなか出来ない。
(くだらない趣味にお金を使っているのにね。)

骨髄提供はベッドに寝ているだけだし、命の大切さを実感出来るような気がした。
ぼくの場合は、善意と言うより、自分の楽しみの一つ。

適合通知を受け取った候補者の内二人に一人が、確認検査前にコーディネート中止となってしまうのが現状。
(ドナー都合での中止理由上位:健康上の理由40.9%、都合つかず23.5%、連絡取れず12.4%、家族の不同意10.8%、その他(妊娠出産・本人の不同意など))

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2007年9月 8日 (土)

骨髄ドナー体験記-2

骨髄ドナー体験記-2
「返送」
適合のお知らせより1日後
問診票に記載し返送する。

人助けなんてなかなか出来ない。
ベッドに寝ているだけで人助けが出来るなんて、なんて安易で簡単な事なのだろう。
それも数百~数万分の1の確立でしか適合者は現れない。
ぼくにしか出来ない人助けなんて、なんともすばらしい。
そんな気持ちでドナー登録した。

ドナー登録は確か献血センターで行った様な気がする。
もうすっかり忘れてしまったけれど、ビデオを見て(骨髄採取シーンあり)、説明を受けて簡単なアンケートとわずかの採血。
その後毎年、住所変更などの確認とドナー登録継続の再確認と、機関誌が送られてくる。

日本ではおおよそ年間6000人が血液疾患となり、2000人の人が移植を希望し、1/4が血縁者より移植。1500人が非血縁者間ドナーを求めているそうだ。
しかしその約1~2割の方は移植に至らないのが現状と聞く。
(ざっくり年間150~300人もの人が、提供者を得られずに・・・!)

(現在約27.9万人(H19.4)、バンクの目標ドナー数は30万人(9割の患者さんに対し、ドナーが1名は見つかる目安とのこと))

患者さんとバンクに保管されているHLAデータが適合すると、ドナー候補者としてバンクから通知が来る。
この時点ではまだドナーと決まったわけではない。
提供の意思が変わっていないか、提供は可能か、といった再確認が取られ、提供の意思を示した人の中から、コーディネートが始まる。
(ドナー登録時のビデオは公開されています「骨髄提供登録希望者の方へ2005ver」 http://www.jmdp.or.jp/reg/chance/flash/chance-movie.html )

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骨髄ドナー体験記-1

Dsc01630 骨髄ドナー体験記-1
「ドナー候補者の一人として選ばれました」
‘07年4月某日(起算0日) 招待状届く 郵送 自宅
4日間ほどベッドに寝ていれば、人助けのお手伝いが出来る招待状だ。

骨髄バンクよりオレンジ色、大きなサイズ、封筒。
「内容」
・骨髄ドナーコーディネートのお知らせ
・骨髄提供者となられる方へのご説明
・補足説明(合併症・健康被害事例・提供者アンケートデータ)
・問診票
(骨髄提供の意思確認、家族の同意確認、血圧、体調、病気治療、感染症、アレルギー、海外旅行、輸血・病歴、服薬など)
(迅速コースで対応可能か、検査・採取の希望病院選択、連絡先の確認(会社に電話は可能かなど))

骨髄バンクへ登録したのは10年前。
5年ほど前に一度、適合のピンクの封筒が来たのだが、先方理由によるコーディネート中止のお知らせが直後に届き、何もしないまま終了となった。

今回は迅速コースとなにやら急いでいる様子。
急いでアンケートに記入。
コーディネート開始の条件は家族の同意だ。
本来なら、家族の同意を得て返送しなければならないのだが、なかなか言い出せないもの。
居間のテーブルに目立つように骨髄移植の概要などの書類を置く。

離婚後、我が家は、父と子供2人の4人暮らし。
配偶者のいないぼくの場合、家族の同意とは、両親だ。

翌日、同居の父がドナーとなることに対し、心配だと言う。
前回(5年前、ドナー候補)にも一度承諾を得ているというのに・・・。
頑固者の父とはあまり仲が良くない。
心配する意味は無い。リスクは少ない。同意が得られないのが理解出来ない。父の運転の方がよっぽどリスクが大きい。
などとの会話になり、険悪な雰囲気(頑固はお互い様だったりする)。

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2007年9月 7日 (金)

骨髄ドナー体験記

骨髄ドナー体験記(39歳・男性)
骨髄提供は少し誇らしく思える。
自分を誉めたい気分になる。
少しだけ他人にも自慢したい気分になる。
だけれども、善人アピールがしたいわけでは無いし、そう思われるくらいなら出来ることなら人知れずこっそり済ませてしまいたいと思う。
提供体験者のみんなが考えた事だと思うけれど、ドナーに選定されるとぼくの骨髄を求めている患者さんの事を考える。
普段は血液疾患なんて、ほとんど気に留める事も無いのだけれど、提供を前にすると強く考える。
もちろん、患者さん本人や、その家族達の思いには遠く及ばないけれど、毎日毎日考える。
そうしているうちに、提供だけでなく、何か出来ることは無いかと思うようになる。
骨髄提供に少しでも興味を持って貰いたい。
ぼくのブログはしばらくお休みして、これまで書きためてきた骨髄ドナー体験記を、毎日すこしずつ更新する。
骨髄提供を強要するつもりは毛頭ないし、正論を大声で騒ぎ立てるようなこともしたくない。押しつけがましい人は嫌いだし、そんな風に思われたくはない。
けれども、骨髄移植に関する多くの誤解を目の当たりにして、また、骨髄移植を深く考えるにつれ、ドナー登録や骨髄提供が広がらない大きな原因は理解不足から来るものだとぼくは考える。
この体験記が、骨髄移植の理解を深めるきっかけになったら、すごく嬉しい。

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